高学歴がプライド、幼稚なまま母親になってしまった

懸命に勉強したが、成績は伸び悩んだ。東京大学を受験するも、不合格になり私立大学に進んだ。

「浪人する根性もなかったんですよ。ウチの高校から私大の文系に行くのは明らかに落ちこぼれ。同じ大学に進学する男子と“恥ずかしくて同窓会にも行けないな”と言い合っていたんです。幼いですよね」

幹代さんの両親は、事業に成功してお金を持っていた。ふんだんに小遣いを与えられ、幹代さんは自由を謳歌していた。

「大学では初めて“女の子”という扱いをされました。“かわいいね”と言われ驚きましたよ。私の苗字について誰も聞いて来ないし、誰もがフラットに接してくれた。学生運動の熱気が去った後のキャンパスには、リベラルな空気が流れていたようにも感じます」

大学は女子が圧倒的に少なかった。100人クラスに10人程度しかいなかったという。

「だからモテましたよ。でも深い仲になるボーイフレンドはなかなかできませんでした。当時は“体を許す”ということは、結婚を意味するようなところがあったので。20歳のときに結婚を前提に付き合う恋人ができました。卒業したら結婚しようと言ってくれていたのに、いざその段階になると“君との結婚は難しい”と言われてフラれました」

人生初めての恋と失恋だ。食事も喉を通らなくなり、どん底まで落ち込んだという。そんな幹代さんを励ましたのは後に夫となる男性だ。

「彼のことは知っていたし、好感を持っていました。でもまた同じようにフラれるかもしれない。そのことを伝えたら、“先のことを考えて心配するのは、自分の人生を呪うような行為だ”と言ったんです。そして“僕の愛を信じろ”とも」

そのうちに恋人同士になり、プロポーズされるも夫の親は結婚に大反対。その間に幹代さんは妊娠し25歳で出産。当時、子供がいる母親が働くことはできず、新卒で入社した小さな商社を2年で退職した。

「彼の希望で、彼の実家の近くで子育てをしました。このとき、義母から“日本人じゃないから、息子の成績が悪い”などと言われないように、とにかく非がないように育てたんです」

幹代さんが求めたのは、文武両道の完璧な“いい子”だ。1000冊以上の絵本を読み聞かせ、英会話やピアノ、体操の教室に通わせた。息子が「やりたくない」と泣くと「あなたのためでしょ!」と怒鳴りつけた。

幹代さんは学校の先生にも容赦がなかった。息子が学校の不満を持ち帰ると、すぐに学校に乗り込んで、先生を怒鳴りつけた。息子は母親に厳しくされている。学校では度が過ぎたいたずらなどをすることもあったという。

「学校から連絡があると“うちの子がそんなことをするはずがない”と。あのときは“私が絶対に正しい”と思い込んでいたんです。担任が交代になったこともありました」

幹代さん自身も完璧であろうとした。衣食住の全てに細心の注意を払い、非の打ち所がない家庭を維持しようとするほど、夫は帰ってこなくなった。

「息子が中学校3年生のときに、彼は別の女性と家庭を持つといって、離婚しました。息子は“お父さんと暮らしたい”と言ったんですが、彼は拒否。息子はショックを受けていました」

幹代さんにとって、夫は絶対に自分を裏切らない存在だと思っていた。それなのに離婚され40歳の幹代さんは殴られる以上のショックを受けた。

「無職のまま放り出されたでしょ。息子と実家に戻って仕事を探しましたが、どこもダメ。私の学歴があれば、どこでも門が開くかと思っていたのに、弁当屋さんもスーパーのレジ打ちも門前払い。私は何の価値もない人間なんだと。どん底まで落ち込むと、いろんな気づきがある。それまで私は人間を学歴や勤務先で判断しており、とてつもなく幼稚な人間だったと。そんな人が母になったのだから、それは家庭も崩壊すると気づいていったのです」

【30社落ちて、清掃会社に拾われ、事務員として働き始める……その2に続きます】

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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