妻から「夫婦をうまくやるために、別居しよう」と言われる

66歳まで弟の会社のサポートを続けたが、気力と体力が限界を迎えたという。

「仕事は面白いんだけど、クライアントの会社に行くうちに、誰もが感情を出さず、都合が悪いことに聞こえないふりして、それを許容している社会になっているのが怖くなった。加えて、体力と気力がドーンと下がったことで、仕事を辞めました。弟も会社の規模がかなり大きくなっており、売却をするという。仕事を辞めたことを伝えると、妻から別居を提案されたんです」

夫婦関係が悪くなって、別居をするのではなく、今の広いマンションを売却して、都心の狭いマンションに引っ越し、同じ階に住むのはどうかと言われたという。妻は「夫婦がこれからうまくやっていくために、近隣で離れて住むことがいいのだ」と力説される。

「実際、マンションの管理費が月9万円もかかっており、配管もボロく建物も汚くなっていた。家を買っても維持費がかかる。お金はあるけど、古い家に金を払い続けるなら、便利なところに引っ越したほうがいいと思い、妻の意見に従いました。別居もありがたく、これまでほぼ一緒にいる時間がなかったし、生活の時間帯もすれ違っていました。妻は友達も多く、旅行だ食事会だと飛び回っている。それに、妻は優しい人だから、きっと私が家にいると、気を使ってしまう。“このままでは粗大ゴミとして捨てられる”という恐怖もありました。別居は驚きましたが、いい着地点だとも思ったのです」

家探しをするも、年齢のこともあり、良質な賃貸物件は借りにくいことがわかった。そこで息子が契約者になり、娘が彼と同棲しているマンションの近くにある1LDKのマンションを2部屋借りた。

「妻と隣同士の部屋は借りられなかったのですが、一部屋おきで借りられました。家賃は11万円で、とても快適。お互いの家を行き来して、週末にはどちらかの家に泊まり、朝は一緒にご飯を食べる。楽しいですよ」

アクテティブに動き回る妻に刺激され、義夫さんも仕事を始めた。

「これまで、マニュアルに従って仕事をするという経験をしたことがなかったんです。弟の会社を手伝っていたときに、“裁量と決定権がない仕事”について興味を持ったこともありました。言われた通りに仕事をするというのはどんなものだろうと、シニアの仕事を検索してみると、結構あるんです。“これならできそうだ”と、早朝の飲食店の清掃の仕事を始めました」

それには、認知症や生活習慣病予防の目的もあったという。義夫さんには趣味がない。無理ない程度に仕事を維持し、“いきがい”を確保しなくてはならない。

「都心はいいですね。仕事がいくらでもあるんですよ。私の仕事は、金土の2日間のみ。自転車で朝7時に、近くの店に行き、ゴミを出して椅子とテーブルと床を清掃して終了。この仕事が週に2回なので、同じ日の昼に単身で住む高齢者向けの弁当配達の仕事を入れ、金曜日のみ学童保育の送迎担当者の仕事を入れたのです。男性だから敬遠されましたが、前職と学歴を見てすぐに採用されました」

いずれも時給は1300円。金曜日は、各2時間ずつ6時間なので、1日7800円になる。

「そのお金でいいワインを買い、妻と飲むのが楽しみなんです。そのことを学童の送迎の仕事の同僚の50代の女性に話したら“理想の夫婦です。私も夫のことは好きですが、同居していると嫌なところばかり目につく。別居したい!”と言われました。“君子の交わりは淡き水の如し”ではないですが、夫婦は適度に距離を置いた方がいいんですよ」

家が5メートルしか離れていなければ、もしものときにすぐに駆けつけられる。また、都心に引っ越してきてよかったことは、娘が彼と結婚し、子供を産むと言い出したことだという。娘は、「両親が同居していたら子守を頼みにくいが、別居していれば負荷がかかるのはどちらか。頼みやすい」と言った。

義夫さん夫婦がうまくいっているのは、互いが尊重しあって40年近くの歳月を過ごしてきたからにほかならない。今、共働き家庭が増えている。それぞれに価値観があるからこそ、別に住むからうまくいくことも多々あるだろう。近い将来、定年後の別居がスタンダードになる日が来るのではないだろうか。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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