文/印南敦史
「お酒は生きる活力だから」
そう断言したくなる方も、きっといらっしゃることだろう。などと人ごとのように書いてはいるが、じつは私もまた同じ。“よい飲酒”は心にゆとりを与え、人生を豊かに彩ってくれるのである。
ただし当然のことながら、上手につきあっていかないと、お酒は仕事にも人間関係にも支障をきたしかねない。具体的にいえば、二日酔いによる仕事のパフォーマンス低下、飲み過ぎゆえの失言・失態・ケガ・事故・トラブル、健康状態の悪化などにつながる可能性もありうるのだ。
それらを避けるためにもなんらかの手立てを講じる必要があるわけだが、そこで参考にしたいのが『あなたの時間と元気を取り戻す 減酒セラピー』(吉本 尚 著、すばる舎)。
「お酒があるから人生は楽しい。だから、ずっと飲み続けたい」という気持ちを抱いている方のために書かれているのだという。
著者は、筑波大学と北茨城市民病院附属家庭医療センターでアルコール低減外来を開設し、診療にあたっていらっしゃる人物。聞き慣れない名称かもしれないが、アルコール低減外来とは、アルコールの摂りすぎによる諸問題に患者さんと一緒に取り組む“飲酒に関する相談の窓口”のような存在であるらしい。
そんななかでアルコール依存症に近い患者さんと接していると、ひとつ気づくことがあるようだ。お酒に対する依存度が高い人ほど、自信が依存症であることを認めたがらないということ。
納得できる話だが、だからこそ著者は、一方的に「やめろ」というのではなく、「お酒をやめるか減らすか、どちらにします?」と問いかけるのだそうだ。
その結果、いうまでもなく大半の方が「じゃあ、減らすほうで……」とつぶやくことになる。そのひとことが、治療への第一歩だというのである。
以前は、「依存症=断酒」で、二度とお酒が飲めなくなるのが当たり前でしたが、今は、必ずしもそうではありません。カウンセリングによる減酒や、減酒薬を使った治療など、お酒に悩んでいる方がより取り組みやすい治療法が登場しています。(本書「はじめに」より)
重要なポイントは、依存症になっている人だけに当てはまる話ではないということ。「お酒に悩んでいる方」という表現からわかるように、(依存症までいかないにしても)飲酒量をコントロールする必要のある人、すなわち酒を飲む人全般にいえることなのだ。
ただし、減酒を実現するためには、お酒に振り回されないライフスタイルをつくることが重要だ。たとえばそのための手段のひとつとして、著者は「飲酒日記(レコーディング)」をつけることを勧めている。
記録をとると、自分の飲酒量を客観的に把握することができるからだ。以前、食べたものを記録して体重を減らす「レコーディング・ダイエット」が話題になったことがあるが、飲酒に関しても同じ。自分の飲んだものを記録すると、それまで無意識だった行動が可視化されるわけである。
しかも決まりはなく、どんな形でもOK。著者も外来の患者さんに、積極的に勧めているという。
「ちょっとメモしてみませんか?」と提案してみると、自分の飲酒量を改めて把握して「こんなに……」と驚かれ、記録を継続してくれることがほとんどです。(本書235ページより)
「お酒のことをなんとかしたい」と思っている方ほど、飲酒記録は取り組みやすいというのだ。たしかに日本人はメモや記録を好む傾向があるし、書くのが面倒だという方なら、スマホで手軽に使える減酒アプリを利用するという手段もある。要は、無理のないやり方で試してみればいいのである。
なお、実践するうえで知っておいてほしい大事なことが2つあるのだと著者はいう。
●2週間続けること
まずは2週間を目指してください。そうすると傾向と対策を見つけやすくなります。続けられそうなら、ぜひ飲酒記録を毎日の習慣に。(本書238ページより)
●正直に書くこと
飲み過ぎた現実を記録するのがつらく、つい少なめに書きたくなるのが人情ですが、そういうときも「本当の量」を記録するように心がけましょう。正直に書けばそれだけ、減酒できたときのモチベーションが上がります。(本書238ページより)
「飲酒を記録するまで、自分が飲んでいるお酒のアルコール濃度を知らなかった」という声を著者はよく耳にするそうだ。しかし記録をする習慣がつけば、お酒について知り、お酒とのつきあい方を変えていけるようにもなるはず。
そういう意味で、自分の飲酒量や飲酒習慣を記録してみることには意味があるのだ。それこそが、減酒への第一歩だということである。
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お酒を自分でコントロールできるようになると、仕事もプライベートも、そして体調もよくなる。睡眠の質もアップし、有意義な時間が増えることにもなるだろう。また、生活習慣病のリスクを下げることもできる。
端的にいえばメリットしかないのだから、「断酒しなければ」と無理な決断をするのではなく、本書を参考にしつつ「減酒」を実践してみるべきではないだろうか?
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。