女性も含めた4人で打ち合わせの後、自宅へ

地元には何の未練も思いもない由紀夫さんは誘いを断る。しかし相手は食い下がった。そして「週末に上京組の幹事と会うから、お前も来い」と言われる。指定された店は、由紀夫さんのマンションから徒歩圏内だったので参加した。

「僕に電話をかけてきた男と、女子2人の会でした。みんな老けていたけれど、面影はある。このとき久しぶりに“同窓会を成功させる”という“未来思考”に触れて、気が緩んだんでしょうね。僕が一人暮らしをしているというと、皆が来たいと言うので、“いいよ”と答えてしまったんです」

由紀夫さんは18歳まで身の回りの世話を母親がしていた。独身時代は社員寮に住んでいたので、寮母さんや後輩が世話を焼き、結婚してから妻がそれを担当した。65歳で初めて一人暮らしをしたのだから、家事のスキルはない。

「家が散らかっていることを伝えたんですが、3人は引き下がらない。ドアを開けると3人は絶句していました。女子1人は“息子の部屋よりひどい”と言い、片付けが始まったんです。僕は部屋が汚いことに慣れてしまっていたのですが、これは“汚部屋”だそうでした」

1年間、掃除もろくにせず、ギターと語学の練習ばかりしていたのだから、その惨状は想像がつく。掃除は4人がかりで1時間かかったという。

「僕が別居していること、布団を買うのがめんどくさくて、寝袋で寝ていることや、カーテンをつけていないことなどを言うと、もう1人の女子は“セルフネグレクト(自己放任)”だと言いました。それは僕が高校時代からあった性格のようで、同級生の男は“お前は全然変わらない。“勉強ばかだ”と笑い飛ばしてくれたんです」

掃除が終わって、酒を飲むうちに「よし、これから奥さんに謝りに行こう」ということになったが、それはやめてもらったという。

「居場所がないことを再確認するのはつらい。終わったものは終わってしまったんですよ。でも、この日をきっかけに、僕自身も人生を考え直しました。学歴や勤務先などの鎧が取れたら、ただの人になることを受け入れられるようになったんです」

同窓会に行くと、皆がリタイアして、同じ立場に戻っていた。そのときに、地元で介護関連の会社を経営している同級生から、組織マネジメントの質問をされた。

「大手はどうしているかを知りたいというので、20年前と今の違いについて説明しました。昭和時代はエースが組織を牽引していましたが、今はチーム単位で相互成長を促す仕組みを作っていることなどを解説したんです」

そして、1on1(上司と1対1のミーティング)の最適な時間と頻度について、有給休暇の考え方、業務効率化の要点などを話すと、「管理職向けのマネジメント講座の講師になってくれ」と言われたという。

「謝礼は5万円と往復の交通費だという。マンションに戻って、説明用のスライドを作っているうちに、僕が積み上げてきたものは意味があったと。同級生とつながらなければ、そう感じることはできなかった」

それから半年、今の生活は楽しいという。

「同級生の会社のコンサルタントのようなことをして、毎月地元に帰っています。僕のアドバイスを実行したら、離職率が減ったと感謝されています。この“感謝される”ということが、定年後の人生の心に沁みるんです。会社員時代は何もかも“やって当たり前”でしたから、感謝の心を忘れてしまっていたんでしょうね」

それ以来、由紀夫さんも人に感謝の言葉を伝えるようにした。妻にも電話し「これまでありがとう」と伝えたところ、驚かれたという。おそらく、由紀夫さんの夫婦関係は時間をかけて元に戻っていくのだろう。そのきっかけは、同級生の電話に出たことだった。人生、何があるかわからず、どれだけ年齢を重ねても、人生が変わる瞬間は多々ある。定年後はお金も大切だが、変化の機を捉え、動く体力と気力を維持することも大切なのかもしれない。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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