生きてきた証が欲しい
コロナ禍に定年を迎え、セレモニーなどがなかったのも良かったという。8時に会社に行かねばならないことから解放され、一時期は寝てばかりいた。そして体力が回復してからは、マッチングアプリを始めた。
「出会い系サイトのようなものだと思っていたら、全然違う。結婚願望があり、子供が欲しいと思う20〜30代の女性をたくさん選べるのでいいと思いました」
見た目が若くハンサムな和貴さんは、女性と実際に会うこともできた。加えて、交際までしたこともあるという。
「僕は、割り勘なんてケチくさいことは言わないし、最新のコロンとファッションを身につけている。これは、パーソナルスタイリストと共に、年に2回買い物をしているから。さらに、スキンケアや毛量の維持など美容クリニックにも定期メンテナンスに通っている」
被服費も含め、これらの金額を合算すると、年間100万円くらいだという。
「まあこれは持っている不動産の利益で賄えるので、痛くも痒くもありません。あとは精力を維持するための漢方薬。毎日、人参の粉をお湯に溶いたものや、牛黄(漢方薬の素材)を飲んでいます」
和貴さんの出会いの目的は、女性と結婚して子供を持つことだ。子供を育てるとなると、婚活はタイムレース。今出会い、すぐに生まれたとしても、その子が小学校に入学する頃には70歳になってしまう。
「女性とはいい感じにはなるんですが、子供となると難色を示される。お金もあるし、安定した生活ができるのに、“それはちょっと”と。もし、僕が先に死んでも、その子が困らないだけのお金は残せる。そこらの若いお兄ちゃんと結婚するより、僕と結婚した方が、絶対に幸せになれるのに、嫌だというんです」
定年以降、和貴さんが交際した女性の写真を見せてもらうと、美女ばかりだ。どこかプロっぽい。聞くと、1回のデートの報酬に3〜5万円、旅行に10万円を支払っているという。「そのくらいは当然」という和貴さんに、シングルマザーの女性はどうなのかと聞いてみた。
「他人の子を育てるのは、僕にできる自信がない。僕は自分の生きてきた証である、我が子が欲しいだけなんです。とはいえ、今後、婚活が難しくなったら女の子のお母さんをお嫁さん候補にしてもいい。男の子のお母さんは勘弁願いたい。僕はきっと、彼女の息子に嫉妬してしまうと思うから。でも、ほんとに困ったら、そういう女性にも手を広げるつもり。子供がいるってことは、妊娠と出産ができるという証明だからね」
最近の恋愛について聞いたら、36歳の女性と出会い、先日は沖縄に旅行に行き、空港で別れ話をしたばかりだという。
「旅費の40万円は、全部私が出しましたよ。それが当然という顔をしているのも腹立たしい。滞在中も私のテーブルマナーが悪いと指摘し、服のセンスがダサいと言う。喧嘩別れしたような感じです」
そして最近、大学の同級生たちと飲み会があった。和貴さんは出世頭であり、見た目も若々しく、子供がいないからお金もあり、30も年下の若い女性と交際している勝ち組だ。
「この歳になると、みんな女房と子供の話をするんですよ。どんな時も明るく励ます妻がありがたいとか、家事育児を担ってくれた妻への感謝、家と家族を守ってくれた妻……。でも、子供の話を聞けば、みんな不出来。親より学歴が低いんですよ」
それはスペックの話だ。和貴さんより社会的な地位が下の彼らは、長年かけて家庭を築いてきた。それは、どんな時にも受け止めてくれる温かい場所でもあるからこそ、お金では買えない。
定年後にそれを作るとなると、かなりのエネルギーを要する。和貴さんは「週末に、28歳の女の子と会うんです。今ブームの年の差夫婦になれればいいな」と笑顔で言っていた。34歳年下の彼女とどんな未来が開けるのか、誰にもわからない。ただ、人は誰かのために力を尽くすことが幸福だということはわかった。「少子高齢化対策に貢献したい」と言う和貴さんの言葉を聞いた日、厚生労働省は2023年の出生数(外国人含む速報値)は75万8631人で、前年から5.1%減少したと発表した。この先、どうなるかわからないが、和貴さんが父になれば、日本の少子高齢化対策に貢献していることになるのだと考えてしまった。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。