結婚はしないし、できないと思う
娘は男性と交際した経験がおそらくないのではと踏んでいる。
「だって、夜家にいるんだもん(笑)。友達と遊んでいたこともあるけれど、どこの家の子も仕事をしたり、結婚して母になったりして話の内容が合わなくなれば、そんなに外に出なくなる。独身の友達と会うこともあるようだけれどね」
現在、69歳の妻のほうがアクティブで、韓国語教室、着物愛好会、古典を読む会、紅茶の勉強会などに出かけ、先生が主催するティーサロンでアルバイトもしているのだという。
「韓国語教室は、ウチから1時間かけて新大久保まで行っているのよ。ベトナムからの留学生、韓国で尺八を広めたい20代の会社員、妻が韓国人の30代のフリーライターなど、いろんな人と交流していて、その話も面白い。妻と娘の大きな違いは、“これが好き”とか“これをやってみたい”と思う気持ちがあるかないか。私は仕事以外好きなことが何もない。無趣味なのよ。せいぜい、行きつけのスナックで飲む程度。変なところが遺伝してしまった」
そういう義隆さんも「いまの生成AIは、200年に1度の大発明だ。モーターの発明と同様の変化をもたらす」と、勉強会に参加し、いち早くChatGPTを使い、VR用のゴーグルも試したという。
「仕事だから。私には仕事しかないのよ。のんちゃんを見ていると、“この人が魅力的なのは、文化的だから”としみじみと思う。私は母子家庭で育っていることもあり、家の娯楽や文化はテレビだったの。でものんちゃんは、音楽、文学、歴史などなんでも知識が深い。旅行に行っても、ここはあの作家の出身地で、ナントカって郷土料理があって……って次々出てくるの。なんというか“文化の資産”が莫大なんだよね」
娘にはそれがない。あったとしても、義隆さんには理解ができない。
「のんちゃんは、“自分で技術や知識を習得して、その技を楽しむ”という趣味を持っている。でも、娘は何かを買うとか、集めるというようなお金で解決する娯楽のみ。当然、結婚もしないし、できないだろうね。育て方を間違えたと言ったら、のんちゃんにも娘にも失礼だけど、それが正直な気持ち」
義隆さんは家族規模の会社とはいえ、経営者だ。税理士と今後の会社について話し合う食事の席を設けたときに、娘を同席させた。娘が「会社を継ぐ」と言うことを狙っていたという。苦手な営業や電話応対は人を雇えばいい。人手不足の今、仕事はいくらでもある。
しかし、娘は義隆さんに甘え、「パパ、90歳になっても仕事をしていれば、認知症にならないんじゃない?」「え~、経営とか超面倒」という無責任かつ他人事な発言を繰り返していた。
見かねたのか税理士は娘に対して「あなたはお父様のことも、ステークホルダーのことも全く考えていない」と叱った。
「娘は席を立って帰ってしまったんです。あのときに、娘には“感謝の気持ち”がないんだと気付いてしまった。これがないと、社会で生きるのは難しい。私自身、あと5年は仕事を頑張れるでしょうけれど、その先に承継先がないことに直面した。旅の先に宿がないような感覚だね」
義隆さんは、自分の娘を特別に甘やかしたと後悔しているという。ただ、人間は成長し続ける生き物だ。どんなきっかけで何があるかは誰にもわからない。義隆さんが亡くなった後、娘に使命感が生まれるかもしれない。
義隆さんは、娘を信じることにしたという。正解が正解ではなく、失敗も正解になるという予測不可能な変化もまた、人生なのだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。