困窮した母親を見捨てられないのは「育ててくれたから」
それから2人だけで仲良く暮らしていければいいと思っていたが、コロナ禍に見舞われた2020年に母親から「お金を貸してほしい」と連絡があり、千尋さんはお金を貸してしまったという。
「私は働き出してから携帯を持っていたんですが、その番号は変えずにずっとそのままでした。母親にはどこで教えたか覚えていないんです。ずっとかかってこなかったから。最初は、母親とわからずに電話に出てしまって……。電話の内容は、コロナ禍で仕事がなくなったからお金を貸して欲しいというものでした。そんなお願いなんて聞かなければいいのに、悩むこともなく母親に会いに行って、お金を貸してしまいました。私は一人暮らしをしてから結婚するまでずっと一人で孤独だった。今その状態に母親がなっていると思うと、かわいそうに思えたんですよね。私が孤独だったのは親のせいだったのにね」
千尋さんは子どもの頃に母親から「お前がいなければ」、「お前のせい」という言葉を母親から浴びている。今の母親の状態は千尋さんには関係ないのにも関わらず、困窮している母親の状態をどこかで自分のせいだと思い込んでいるように見える。
現在も千尋さんは月に一度母親にお金を渡すために実家を訪れているという。
「母親は体を悪くしてしまって、障害年金と私が渡しているお金で生活しています。働いていないので、ずっと家にいるんです。私が一緒に暮らしていた頃は家に男性が遊びに来たことはあっても女性が来たことはなかった。母親は友だちがいないんだと思います。だから、お金を送金するだけでなく、顔を合わせて話をすることにしています」
一度連絡を絶ったはずの母親を見捨てられない理由を、千尋さんは「かわいそうだから」、「育ててくれたから」という。千尋さんの母親は現在の“弱者”というポジションを武器に子どもに寄生しているようにしか、傍からは見えなかった。母親がまだ一人暮らしをできるうちはこのままでも構わないが、今後母親が同居を望んだ場合には、千尋さん夫婦に亀裂が入りかねない。どこまで母親を庇い続けるのか、庇いきれなくなったときに千尋さんはまた苦しめられてしまうことが容易に想像できてしまった。
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。