ウチの食材にケチをつけて犬の飯を手作りする
“ベビちゃん”とはチワワのことだった。しかも、チワワは腹部にアトピー性皮膚炎を患っていた。目の病気もあるので、処分措置になりかけたところ、典代さんが購入したのだという。
「そもそも、ペットショップで生き物を購入するという感覚が理解できない。そして、足も拭かずに、ウチのリビングに入れることも信じられなかった。私は夫の気配とともに暮らしているので、犬にかき乱されたくないんです。夫のにおいが残っているような気がするソファやタンスに、おしっこをひっかけられはしないかと、気が気ではなかった」
さすがにそれを察して、典代さんはチワワにおむつをはかせた。チワワがいかに素晴らしいかをとうとうと語り、「お皿を貸してほしい」というので渡したところ、バッグからペットボトルの水を出し、皿に水を入れてチワワに飲ませた。
「思わず“ぎゃ!”と叫んでしまいました。私はちょっと潔癖なところがあって、動物が使ったお皿は人用に使いたくない。それはロイヤルコペンハーゲンのお気に入りのお皿だったので、“なんてことをしてくれるんだ”と思いました。そして、典代さんは“さつまいもはあるか”というので渡したところ、勝手に刻んでレンチンして、犬にあげている」
さらには「このさつまいもは、あのスーパーで買ったものでしょ。農薬がすごいのよ」と文句をつけた。
「なんでも“お犬様”はアトピーなので、無添加・無農薬の食材で育てているんだとか。そういうことにもうんざりして、この日を境に友達をやめることにしました」
しかし、友達は相互の関係の上で成立している。一方的に「友達、やめました」とはならない。
「典代さんは、友達がいないのでしょう。犬を連れてよくウチに来るようになりました。そのときにペットのおしっこシートなどを持ってくる。それがどうしても受け入れられずに、断りました」
溺愛するチワワは、体が弱い。相談相手がいない典代さんは、チワワの体調不良が起こるたびに、連絡をしてきた。
「不安ってものすごいエネルギーがあるんですよ。元気がない、毛が抜ける、野菜ばかり食べているなど、どうでもいいことで電話が来る。先日は、チワワの血液をサラサラにしようとして、玉ねぎを食べさせたそうです。犬にネギ類はタブーのようで、救急に担ぎ込んで大泣きしている所を迎えに行きました」
今の状態を「どうでもいい、と、めんどくさいのミルフィーユ」と朋子さんは語る。
「犬の手作りご飯とか、自慢しているうちはいいんだけれど、“犬が死んだらどうしよう”という不安から、訳が分からない獣医の言いなりになって、変なサプリメントとか高額な空気清浄機を購入している。カビを増殖させないための部屋をつくるとか、常軌を逸しているんです」
ひたすら“お犬様”に投資をしているので、金の目減りが手に取るようにわかるという。
「そのうちに私を頼ってくるんでしょうけれど……。かつては夫のことで支え合っただけに、悲しくて。50代のときは“一生の友”と思いましたが、こうも人間は簡単に変わるなんてね」
この友情の決裂は、朋子さんの心にも大きなダメージがあったという。ペットにのめり込む人が、介護のために仕事を辞めたり、ペットのための家を飼ったりする例をよく聞く。犬連れOKのホテルや旅館は1泊5万円を超えるところもある。
生物は、不快を避けて、快を追求する性質があるという。絶対に自分に従順で、ものを言わないペットとの生活を優先した結果、どんな結果が待っているのか。「その先」を考えたほうがいい人は増えている。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。