息子には、ロボットを残してあげたい
宣子さんはかつて、多くの人と人をつなぎ、見どころがある若手にはご馳走をしていた。困っている宣子さんの話を聞き、仕事を依頼したり、無償で助けてくれる人はいるという。
「今も、弁護士のお友達がいろいろ助けてくれているの。持つべきものは女友達よ。元夫もボーイフレンドも全く役に立たない。お友達は“このアパートが最後の砦だよ”と言うんだけれど、まさにそうよね。まさか私がおばあちゃんになって、こんな家に住むとは思わなかったけれど、ここしか行くところがない」
ただ、生活は満たされているという。余計な設備がなく、シンプルな生活。息子は隣の部屋におり、彼のために3度の食事を整え、掃除や洗濯をすることが生きがいだという。
「息子も神社や美術館に連れ出してくれるし、前みたいな生活はできないけれど、これでよかったんだなと。ただ、私の体調が最近、あまりよくないのよ。だからあとが心配で」
実際に宣子さんの“最後の砦”というアパートに来て見ると、外から見たら廃墟のようだ。6室あるが、埋まっているのは3室のみ。トイレの壁にコンセントはなく、ウォシュレットは設置できない。風呂は追い炊きができず、キッチンの蛇口はお湯と水が別だ。
アパート経営は手間と経費がかかる。入居者が退出すればリフォームが必須であり、雨漏りやシロアリなどの問題が起これば、かなりの費用が発生する。
さらに、宣子さんは住人から家賃が振り込まれる口座のキャッシュカードを息子に預けている。月21万円もある家賃収入が、どうなっているかはわからない。
「友達の弁護士からも、そこは指摘されているんだけど、もしものときにお金がなかったら、息子がかわいそう。体力的に助けに行ってあげられないから、お金を渡すしかないのよ」
息子は40歳。外の世界で仕事をしたこともなく、現在は無職だ。母親の作る食事を食べ、家賃も払わず、自室でゲームや動画鑑賞に興じ、友達から誘いがあれば遊びに行く。宣子さんが死んでしまえば、確実に行き詰まる。後のことは考えたことがあるのだろうか。
「アパートがあるからお金のことは心配していないんだけれど、結婚もしていないし子供がいないから。それで、ペットを飼ってあげようと思ったんだけど、生き物だからお世話をしなくちゃいけない。それは絶対に無理だと思うのよ。それに、飼いやすい猫だって、寿命は20年くらい。いろいろ考えて、ロボットを買おうかと思っているの。充電さえしていればずっと生きるし、値段も40万円くらいでしょ。それなら何とかなるかな、って」
宣子さんは、息子が苦しいとか、悲しいとか、困難な状況に置かれることを心の底から心配し、全力で回避させてきたヘリコプターペアレントだ。息子は試練を乗り越える精神力を養う機会を奪われ、去勢されて室内買いされる猫のような人生を選んでしまった。もしものときのために、母・宣子さんは準備を始めている。
しかし、その方向は、仕事や人を紹介するなどの“生産”ではなく、ロボットや調理家電の購入など“消費”のほうに向かっている。それが息子が死ぬまでの長い人生に、どんな影響をもたらすのか、それは誰にもわからない。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などに寄稿している。