厳しい規律と新人研修の果てに待っていたこと

しかし、息子は1年で辞めてしまう。当時のメガバンクは規律社会だ。パワハラまがいの研修、私生活が一切ないようなブラックな働き方であることは、知られていたはずだ。その規律で学生気分を脱し、社会人に生まれ変わることができるとされており、それを目的に入行する学生も多い。

「息子はそう思っていなかったみたいです。勧められるまま入ってしまい、金融の仕事が何たるかわかっていなかった。早期に辞めたのは、1000人以上いる同期の中で、すでに役員候補が決まっているのを知ってしまったこと。それは、息子と同じ大学で、明治期の政治家の血を引く人物だったようです」

なぜ、役員候補かわかったのかと聞くと、その人物は海外の支店に配属され、息子は地方の支店勤務の辞令が出たからだという。これまでの人生で、人より秀でてきた息子だ。おそらく、「我こそが海外支店」と思い、研修に打ち込んでいたのではないか。

「普通にこなしても、いい成績だったと語っていました。息子は英語も頑張っていましたから。それなのに、自分より能力が劣る人が、東京の本店勤務になったのも悔しかったようです。加えて、銀行員の給料の安さも嫌だったみたいですね。コンサルにいった同級生と話したときに、息子の2倍の手取りがあったことを聞き、転職したのです」

メガバンクから転職は楽勝だと思っていたそうだが、決まったのは半年後だった。2社目のコンサルは3年間勤務するも、人間関係のトラブルで辞めてしまったという。

父親・悟志さんは超大手の機械メーカーに定年まで勤めている。「一つのところでじっくりがんばれ。思うようにならないこともあるが、死ぬ気で食いつけば喜びを見いだせる。仕事が楽しくなるのは35歳からだ」と説得するも、息子には響かなかった。

「女房の育て方が悪いんですよ。1978年生まれの息子は、いわゆる氷河期世代です。世の中は集団を重んじており、徹底的な競争社会だった。成績が出ないやつは皆の前で叱責されました。営業の中には、電話の受話器をガムテープで巻きつけられて、テレアポさせられたという人もいます」

【父が学生時代に工事現場で出会った小指のない高学歴男性が教えてくれたこと……後編へと続きます】

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などに寄稿している。

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