テレビ番組『ホンマでっか!?TV』ほか数々のメディアに登場し、積極的に発信を行う堀井亜生(ほりい・あおい)弁護士(46歳)は、これまでに2000件を超える離婚・恋愛トラブルを扱ってきました。今年2月に『モラハラ夫と食洗機』を上梓した堀井弁護士によると、とくに最近増えているのがモラハラによる熟年離婚の相談。

第2回で紹介するのは、夫の「退職金」をあてに離婚を切り出した妻を待っていた、“想定外”の事態。ドラマのようにスカッと離婚できないわけはどこにあったのか……壊れかけた夫婦がとるべき最善の道を、堀井弁護士と考えていきましょう。

第1回「役職定年を機に家計に口を出す夫。妻が知る財産分与の現実と意外な結末」はこちら

文/堀井亜生

退職金の半分をもらえるはずが……!?

熟年離婚をするなら、そのタイミングはいつだと思いますか?

私が相談を受けてきた経験の中では、「夫が定年退職して退職金をもらったら離婚を切り出したい」と考える方が多いようです。しかし、それは間違い。場合によっては、大きく損をしてしまうこともあるのです。

58歳・パートのB子さんは、長年、夫と不仲で、夫が退職したら退職金を半分もらって離婚しようと考えていました。

夫が60歳で退職して退職金1200万円を受け取り、それから1か月が経った頃、B子さんは離婚を切り出しました。

「あなたといるのはもう限界だから離婚しましょう。退職金を半分ください」――夫は慌てました。離婚を切り出されたことについてではなく、退職金はもうほとんど残っていなかったからです。

たった1か月で退職金がほとんど残っていない……? いったい、どういうことなのでしょうか。

夫は退職金を元手に、なんとFX投資に手を出していました。そしてあっという間に大損を出して、退職金は100万円しか残っていなかったのです。

離婚して退職金の半分を分けてもらい、のんびり暮らすというB子さんのプランは、泡と消えてしまいました。

夫の浪費で失ったお金を財産分与で補填はできない

持ち家は売却しても二束三文で、貯金は400万円ほどです。合計約500万円を半分に分けて離婚するか、夫との生活を続けるか……。

B子さんは迷いましたが、これ以上は夫と一緒にいられないという気持ちの方が強かったため、離婚を選びました。古い実家に帰り、パートを続けながら、質素に生活することにしました。

B子さん夫妻のこのケースで、退職金が出てから離婚を切り出すことにはリスクがあるのがおわかりいただけたと思います。

ドラマなどの影響で、熟年離婚に憧れを抱く人は少なくありません。中でも、夫の退職後に突然離婚を告げるというドラマチックなシチュエーションに憧れる人がいますが、弁護士の立場からすると、それでは遅すぎます。この事例のように、退職金を使われてしまったり、隠されてしまうこともあるためです。「退職金を使い込むなんてひどい」と思っても、基本的に、結婚中に相手が浪費したものを財産分与で補填させるということはできません。

では熟年離婚で損をしたくない場合は、どのように進めるとよいのでしょうか。

損をしたくないなら振り込まれる前に別居せよ!?

知っておいてほしいのは、退職前に離婚をしても、退職金を財産分与の対象にすることができる、ということ。

離婚する時は財産分与として、婚姻期間中に増えた夫婦の財産(共有財産)を合計して半分に分けるのが原則です。

この財産には、現金だけでなく債権も含まれます。つまり、退職金が振り込まれる前でも、労働者は企業に対して退職金の支払いを請求する権利があるため、退職金の振り込みを待たなくても財産分与の対象に含まれます。

退職直前でなくても、企業に問い合わせれば退職金予定額はわかるため、もっと若い夫婦の離婚でも、退職金予定額は財産分与に組み込まれます。

そのため、離婚して退職金を分けてもらいたい場合、退職金が実際に振り込まれるのを待つ必要はないのです。

また、離婚の前に別居をしていた場合は、財産分与の対象となる財産の範囲が変わります。結婚から別居開始の時点まで増えた財産が財産分与の基準となるのです。

そのため、夫が退職金を使い込む前にB子さん夫妻が別居していれば、使い込まれる前の退職金額を財産分与の対象にすることができます。別居の時点で財産は固定するので、別居後に夫が使い込みや財産隠しをしたとしても、意味はなくなります。

このように、熟年離婚を後悔のないかたちで実行に移す場合は、前もっていろいろな準備をしておく必要があります。

すべての財産をリストアップして初めて、離婚の条件が見えてくる

退職後や退職のその日に突然夫に離婚を切り出して……というドラマのような展開そのままに動いても、夫が退職金を使い込んでしまっていたら計画は台無しです。また、同居中であれば、使い込みや財産隠しを防ぐことはできません。思ったより退職金が少ないケースや、退職金を前借りしている場合もあります。

おすすめは、退職の2、3年前にまず一度弁護士に相談に行くことです。その時点の夫婦の財産を一覧にして、財産分与や年金分割でいくらもらえるかを教えてもらい、老後の生活をシミュレーションしてみましょう。その金額でどこに住んでどんな生活ができるか、具体的に考えて、それで初めて熟年離婚に向けて動き出すことになります。

「じゃあなぜドラマでは退職した夫にいきなり熟年離婚を切り出しているの?」と思うかもしれませんが、それはドラマだからです。退職したタイミングで切り出す方が話の展開としてわかりやすく、具体的な財産分与の手続きまで想定していないからです。

あくまで老後のドラマチックなエピソードとして熟年離婚を書こうとすると、晴天の霹靂のように離婚を告げられた夫が驚いて反省する……という流れになりますが、現実の離婚はとても地道な作業の連続です。

離婚とは、イコール、家庭を、そして家庭にある財産を分けること。そのためには全ての財産をリストアップする必要があります。

退職金以外にも、預金のある全ての口座の通帳、保険の証書、証券口座の情報、年金、財形など、資産の情報がわかるものを集めます。時には自宅や車の査定を取ることもあります。

そうやって財産の総体がわかって初めて、離婚の条件が見えてくるのです。

事前の弁護士への相談がなぜ必要なのか

ある依頼者は、たくさんの資料を集める最中に、「離婚がこんなに大変だと思いませんでした」とおっしゃっていました。退職金を分け、好きな物件を買い、残りの人生をのんびり過ごす――そんなイメージを抱いていたそうですが、そのためにはこういった作業を重ねていく必要があります。(その方は無事、納得のいくかたちで熟年離婚できました)

もちろん弁護士に依頼すれば、集める資料もアドバイスしてもらえますし、手間は大幅に軽減されますが、熟年離婚までの道のりというのは意外と長いことがおわかりいただけたと思います。

このように、現実的な熟年離婚の流れを知っておくと、思わぬ形で退職金を使われてしまったというような事態を防ぐことができます。

「離婚するのは決めていたからぎりぎりまで弁護士に相談しなかった」という方もいますが、離婚を決めたら早めに弁護士に相談するようにしましょう。

* * *

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堀井亜生(ほりい・あおい)/弁護士。
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。
離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)などがある。

 

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