「付き合うことになっちゃった」

その翌月のお茶会は、気が乗らなくて行かなかった。恋人・昭雄さんから連絡が来たが、体調が悪いと無視していた。直美さんは「家を知っているんだから、来てくれると思っていたんです」と言っていた。体力と時間があるならいざ知らず、週に3回清掃の仕事をし、ボランティア活動も行っている63歳の男性が、「わざわざ」恋人の家に来るとも思えない。

直美さんは61歳にして初めての彼ができた。理想の恋愛が、少女時代のまま止まっている。

そうこうしているうちに、連絡は途絶えた。3か月ぶりにお茶会に行くと、佐代子さんを中心としたコミュニティができていたという。

「カフェのマダムまでも出て来て、昼間からビールを飲んでいるんです。昭雄さんも頬を染めて大声で話している。何が起こったのかと思い、席に座ると佐代子から“直美! まあ、飲もうよ”とお酒を出されたのです」

直美さんはお酒が強い。だからこそ、乱れることを嫌う。

「たくさん友達がいる佐代子が、なぜ私の居場所を奪ったのか……とはらわたが煮えくり返るようでした。かつてのような文学や政治、映画の話はなく、大声出して、おだを上げて……。悲しくなって1時間程度で中座したのです」

ここにはもう来ない。変わってしまった恋人・昭雄さんとは終わりにしようと思った。しかし、一度知ってしまった男性がいることの安心感や肌のぬくもりの心地よさは忘れられるものではない。

「お茶会には来なくても、昭雄さんとのお付き合いは続けたいと思って、その夜に連絡をしたんです。すると昭雄さんは“直美さんにはフラれたと思っていた”と言ったのです」

それに対して、「そんなことはない。私はあなたを愛している」などと伝えると、昭雄さんはいつになく語尾を濁す。そして、「もう付き合うことはできない」とキッパリと言った。

「理由を聞くと、私といると息が詰まるからだそうです。リラックスできないと言っていました。お風呂上りにパンツで歩いている所を指摘したり、箸の持ち方を正されたことが嫌だったみたいです」

そして、直美さんはひとりになった。昭雄さんとは一緒に住む話も出ており、お互いの老後を支え合うような気持ちだったからこそ、空白は大きい。

「佐代子の顔を見るのも嫌だと思っていたのですが、別れから1か月後、共通の知人の快気祝い会で一緒になったんです。佐代子は何も気にせず私のところに来て、“直美にお礼を言おうと思っていたの。カレシができたんだ~”といつもの笑顔で言った」

胸がざわついたが、「相手は誰?」と聞いた。

「昭雄さん、って。佐代子にはご主人がいるので、不倫ですよ。その時、目の前の佐代子をめちゃくちゃにして、この世から亡き者にしたいと思いました。あれから、SNSはやめて、新たにアカウントを作り直したのです。SNSを見なくなれば、ふたりのその後を見なくて済みますから」

この一連のショックで、人間不信と不眠になり、対処薬が欠かせないという。直美さんは「若いつもりで恋をすると、手痛い目に遭う」と語っていた。加えて、人間関係において、相手に「察する」ことを求めていては関係はほころびていく。年齢を重ねるほど、「こうしてほしい」、「これがやりたい」「これはやめてほしい」と言わないことには何も始まらない。直美さんはそのことについて、おそらくずっと気付かない。気付いて言葉に出すことで、きっと新たな人生のステージが始まるだろう。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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