取材・文/柿川鮎子
ペットを飼育していれば、何かと見舞われる思いがけないトラブル。特に動物病院に関係するちょっとした失敗や行き違いについて、獣医の先生はどう考えているのでしょうか? 今回は吹田動物医療センターの院長、秋山紘平先生に獣医さんの本音を聞いてみました。
診察に関するわがまま、どこまで大丈夫?
秋山先生は「今回のテーマは『飼い主さんのわがまま』ですが、一般的にわがままというと、周りの都合を考えずに自分勝手に意見を主張したり、無茶なことを押し通すようなイメージです。そのイメージでいうと、私が普段、飼い主さんと接していて『飼い主さんのわがまま』と感じるような出来事はほとんどありません。わがままというより、大事なペットのことで頭がいっぱいという感じでしょうか。それはこちらもよく理解できるので、飼い主さんが気にするほど、わがままではないと思います」と、飼い主さんの立場を考えて理解してくれていました。
秋山先生自身、わがままだと思った人は、具合の悪そうなペットに対してワクチン接種を求めた飼い主さんだったと言います。ペットは明らかに具合が悪く、ワクチン接種ができる体調ではなかったのです。
「いまはワクチンを打つべきではないと説明しましたが、治療はいらないからワクチンを打ってくれと強引でした。ワクチンより治療が先だと判断したので、このときはワクチンを打ってほしいのはわかるけど、ちょっとわがままな人だなと思いました」
獣医師が飼い主さんのわがままかそうでないかの判断の基準は、一般的な常識の問題を除けば、どうやらペットの健康に悪影響を与えるか、そうでないかの一点にあるようです。もう少し具体的に、よくある事例で獣医師の本音をさぐってみましょう。
診察に関する飼い主さんの5つのわがままへの回答
その1 約束の診察に遅刻しそう! 迷惑な人と思われる?
「私ども吹田動物医療センターは予約制ではないので、基本的にいつでも来院できますが、飼い主さんが約束した時間に間に合わないケースがあります。そんなときはすぐに電話をして、どれくらい遅れるかを連絡してくれれば、当院の場合は診察時間内なら基本的に大丈夫です。遅刻にはいろいろな理由もあるでしょうから、迷惑な飼い主さんというより、仕方がないことだと判断します」
その2 急な診察をお願いしたらわがまま?
「病気は急に起きるものと慢性的なものがありますが、基本的にどんな状態でも私どもの病院では対応します。ただ、内視鏡が無いとダメだとか、ペットの状態によって必要な医療器具もあるので、急な来院でも、前もって電話をして来てもらったほうが、効率よく治療ができる場合があります。
できればどういった容態でどう悪いのか、いつ頃何があったのか、伝えてもらってからのほうが正確に対応できるケースは多いです。最悪、当院で治療が難しいと判断しても、他の病院で対応できる場合はご紹介できるので、電話は入れてもらったほうが良いと、私は思います」
その3 診療時間があと5分で終了。今から行っても大丈夫?
「5分前でも時間内ならば大丈夫です。ただし、通常の診察時間を過ぎてしまう場合、時間外料金が設定されている病院もあるので、それはあらかじめ知っておいたほうがいいでしょう。また、ずっとかかりつけのペットで、急に時間外に状態が悪化した場合には時間外でも柔軟な対応を行うこともあります」
その4 治療費を聞いたらお金が無い人だと思う?
「私は治療費は前もって伝えています。当院ではむしろ『伝えるべき』と思っているので、血液検査の料金はいくらぐらい、治療でこれぐらい、と事前に飼い主さんに伝えるようにしています。ただ、避妊・去勢手術など料金が確定できる手術はいいのですが、緊急手術の場合や、開腹後に確認する臓器の状態によって手術の内容が変わってくる場合もあります。そういう場合は費用を事前に確定させるのが難しくなりますが、それでも概算はお伝えしています」
その5 診察室で他の子とケンカしちゃったらどうする?
「診察室の外や、車の中で待っていてもらうなど、病院としても事故防止に配慮しています。ペット同士のケンカでは、ペットのケガはもちろん、飼い主さん自身がケガをしないようにと気を遣うことが多いです。ケンカしそうだとか、診察室で困ったことがあればスタッフに声を掛けてください」
治療に関する飼い主さんの5つのわがままへの回答
その1 うちの子は注射が大嫌い。して欲しくない
「できるだけ注射をしない治療に切り替えますが、ワクチンなど、どうしても注射でないとダメなケースもあるので、そこは受け入れていただくしかありません。
でも、獣医師はそういうペットにどうすれば怖がらずにいられるか、いろいろなテクニックを持っています。例えば飼い主さんが平常心だと意外と怖がらない子は多いので、飼い主さんとリラックスした雰囲気でコミュニケーションを取りながら、注射をします。注射の後、スタッフ全員でものすごく褒めたり、病院によってはおやつでご褒美をあげたりと工夫することによって、次から平気になったという子は多いです」
その2 治療が大嫌いで鳴きわめいてうるさくしてしまいます。先生は怒りますか?
「恐怖心の強い子もいます。それは仕方がないので、怒りはしませんが、『飼い主さんや動物は大丈夫かな?』と心配することは多いです。治療を理解できずに威嚇するのは仕方がないこと。でも、こんなに鳴きわめいて、興奮したわが子を見て、飼い主さんも不安で心配だろうと、心を痛めることがあります。獣医師や看護師はペットのことはもちろん、飼い主さんのことも、同じように気にかけています。
鳴きわめいて大暴れしてしまう子は、飼い主さんが一緒についているほうがいいときと、いないと意外とおとなしくなる子の両パターンがあります。おとなしくなる子は預かって処置しますし、逆に飼主さん付いていると頑張れる子では、できるかぎり付き添いをお願いします。騒いだり鳴きわめいても、その子を嫌いになることはありませんし、病院で恐怖を感じて鳴いてしまうことはある意味、自然なことだと思います」
その3 診察台の上でトイレをしちゃった! 迷惑な飼い主というレッテルを貼られそう
「これもよくあることなので、飼い主さんはあまり気にせずにいてください。ただ、待合室などで放置して帰られると、後の人の迷惑になることがあるので、すぐ伝えてもらったらスタッフが対応します。ペットシーツで始末して、消毒するだけのことです」
その4 先生を噛んでしまった! 先生の医療費は必要ですか?
「私は法律の専門家ではありませんが、ペットが高い攻撃性をもち、それを伝える義務を怠った場合や悪質なケースによっては、飼主は獣医師から損害賠償を求められることがあるということのようです。
一方で、獣医師は専門家として攻撃性の高いペットにも慎重に対処するなどの配慮が必要です。診療の仕方によっては怪我を負ったとしても獣医師の過失も認められる場合があるでしょう。
私個人の経験では、獣医師が飼い主に損害賠償を求めたという事例はあまり聞いたことがありません」
その5 うちの子は女性の獣医さんが大好き。担当を代わってもらえますか?
「よくありますし、ぜひ言ってください。愛犬が安心して気持ちよく治療を受けられるならば、担当を代えられても、私は不愉快に感じることはありません」
診察後、家でのトラブルに関する2つのわがままへの回答
その1 うちの子はもらった薬を飲みません。どうしたらいい?
「特に猫の場合の投薬は、コツがつかめないと難しいでしょう。美味しいおやつやご飯にまぜたり、薬を包み込むようなお肉味のものに入れて薬を飲みやすくする商品もあります。病院ではそうしたケースに対応できるよう、いろいろなテクニックをもっていますし、グッズも取り揃えているので、相談してください。また、抗生物質などは内服でなく、2週間効果のある注射もあります。
ただし、どうしても薬が飲めなかったときは、正直に報告してほしいです。飲んだかどうか、飼い主さんがあいまいなほうが、その後の治療に関わるので困ります。
また、慢性疾患で毎日内服を服用する場合など、大量の薬の処方を求められる場合もありますが、副作用などの有無を診るため、かつ獣医師法の規定もあり、診察なしに一度に大量の処方ができないケースがあります」
その2 家に帰った後、違う治療をしてもらいたくなった
「病院から帰って、家でじっくり考えた飼主さん。診察室で考えた方針と違う治療をしてほしくなった、というケースは案外多いです。治療方法の変更は対応可能です。電話でもいいですし、改めて飼い主さんだけ相談に来られても、当院では対応可能です。
あるケースでは、錠剤がダメだと言われたので粉薬に砕いて渡しました。家で投与して、『やっぱり錠剤にしてほしい』と再来院された飼い主さんがいらっしゃいました。これは残念ながら、取り替えることができません。新しく購入していただくことになります。
治療方法については、臨機応変に変えることが可能です。特に抗がん剤治療など、飼い主さんがペットの経過を見ながら、『こうしたほうが良いのではないか』と思ったことは、どんどん獣医師に相談してください。『この治療で良かったのかな?』と後で悩むより、獣医師と相談して、納得できる治療方法を選択して、悔いなく過ごすべきだと思います」
飼い主さんは希望を我慢するより、まずは伝えてみること
「当院は良い飼い主さんが多いせいか、わがままで困るようなケースはほとんどありません。海外では引っ越ししてペットを飼育できなくなるからと、安楽死を望まれたりするケースもあるようです。噛みつくからと犬の歯を抜くよう求められたり、猫の爪除去や、明らかに妊娠しているペットの避妊手術などを求められるケースもありますが、ペットの健康を害しかねない依頼には個々の獣医師の倫理観が求められると思います。
できるだけ飼い主さんの希望にそった治療を行いたいと考えていますが、ペットに無用なストレスを与えたり、明らかに健康を害するような処置を求められるような場合は、希望にそえないとお断りすることもあります。
私は、むしろ、飼い主さんが『これはわがままなのではないか』と、獣医師に相談することなく我慢してしまい、後悔されることのほうが心配です。例えば終末期など、できるだけペットに寄り添った治療や処置を行いたいとき、飼い主さんが意見を正直に言えずにいることのほうが問題なのです。
『これは、わがままかな?』と思っても、ペットのためだったら、獣医師は理解してくれるはず。今は、頭ごなしに怒ったりする獣医さんは少ないはず。愛犬にとってベストな解決の方法を、飼い主さんと病院スタッフが一緒になって、探って行くのが理想です」
吹田動物医療センター by アニホック 院長秋山紘平先生
取材・文/柿川鮎子 明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。