入れば根性は叩きなおせる
依子さんの息子は、開発チームに採用された。結子さんも役員も、「一応入れて、根性は叩きなおせばいい」と思っていた。
しかし、息子は基本的な業務を指示されたとおりにできない。営業の意図がくみ取れないなど、混乱を招き3か月で在宅勤務……すなわち、戦力外通知をされる。
「仕事の初期の初期は、言われたとおりに処理するのが基本。それなのに、息子君は“こっちの方が効率がいい”と自己流でやろうとする。その通りでも、業務フローが変わると大事故につながる。教え聞かせてもダメで、自宅待機の辞令が出た」
それにより、結子さんの社内の評価も下がってしまう。
「もともと“高卒の女が”とやっかまれていましたからね。私は営業が向いていて、30代のときにもっと学びたいと、自費で社会人大学に通い、セールスとマーケを学んだんです。ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック、返報性の原理、ベイズルール……現場で応用すると、面白いように契約が取れる。“大学卒にあぐらをかいて、キャバクラで接待するのは愚の骨頂”といつも思っていました」
結子さんには多くの社員を指導してきた自信もある。自宅待機が決定する前、親友・依子さんの息子に社会人としての心得を叩きこもうと、強い語気で挑んだが、息子からは「パワハラだ」と激怒された。
「結局、退職することになってしまったんです。依子には直接会って、説明をしました。すると、“結子は私の母だけでなく、息子まで侮辱している!”と怒ってきたんです。それまで、依子と支配する母を引き離して依子を幸せに導いたのは私だという自負もあったのですが、そうではなかったんです」
親、きょうだい、子供、甥や姪……本人が自虐的に「ホントに、あの人はダメで」などと言っているところに、「あなたの言う通り、あの人はダメだ」などと言うと、相手の心にしこりは残る。身内をけなされて嬉しい人はいないからだ。
結子さんは依子さんの母親を強い言葉で批判しつづけると同じ口調で、息子の性根を叩きなおすために、母・依子さんがすべきことを伝えた。
「このとき依子から“私の結婚式にパパとママを呼ばなかったのは、結子を優先したから。それなのに息子にひどいことを言って!”と怒鳴られたんです。自分から息子の就職を私に頼んでおいて、何を言うのかと思いました」
これにより、結子さんと依子さんは、友情に終止符を打った。
女友達は、似たような環境で育った相手にシンパシーを覚えやすい。結子さんも依子さんも、問題を抱えた家庭に育ち、地頭がいいのに経済的な問題から進学が思うようにいかなかった。
光がある場所に自力で這い出た結子さんと、結婚して家庭に入った依子さん。結子さんはリタイア後、再び依子さんと暮らそうとも思っていたという。
お互いの“正義”の食い違いは、立場が異なるほど、広がっていく。結子さんはその溝を越えようとする人だ。だからこそ抱える苦しみも結子さんの成長の糧になるとともに、孤独は深くなっていく。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。