文/鈴木拓也

上司が元のストレスでひどい腰痛に

今は静岡県掛川市の市長を務める久保田崇さんは、かつては内閣府の官僚であった。

大きなやりがいを感じながら業務に励む日々であったが、長時間労働にくわえ、理不尽ともいえる上司の対応に悩むことが多かったという。

例えば入省してすぐに上司となった人物は、ちょっとしたことでキレて辛くあたる一方、暇なときは久保田さんの席にやってきて仕事の邪魔をした。他にも、相談・報告をしても上の空の「放置プレー上司」や異常に理屈っぽい上司などに遭遇。そのストレスのせいか、一時は朝起き上がれないほどの腰痛になってしまった。しかし、そうした出来事も「貴重な経験」として、今ではポジティブにとらえているという。

職場の人間関係に悩んでいるのは、もちろん霞が関の官僚だけではない。民間企業で転職した人の「本音」の転職理由として、「職場の人間関係」は常に上位にランクインされる。また、転職したくても、諸事情がそれを許さない人も多いだろう。そうした人たちに向け、久保田さんは、朝日新書『官僚が学んだ 究極の組織内サバイバル術』(朝日新聞出版)を上梓している。

上司とエレベーターで会ったら「冗談」を言う

本書は書名のとおり、組織で渦巻く人間関係を生き抜く秘訣をまとめた1冊。なかでも、上司との関係が「組織サバイバルの要諦」であると、久保田さんは記している。

例えば冒頭で触れた、いわゆる「瞬間湯沸かし器タイプ」の怖い上司。久保田さんは、その上司には「話しかけてはいけないタイミング」があることに気づく。それは、官房総務課から内線電話が入った後。国会対応にかかわる資料作成や国会議員へのレク(説明)といった業務が一挙に降ってくるため、上司はテンパってしまい不機嫌になる。その時に、関係ない相談事をしようものなら、キレられることは確実。

久保田さんが痛い思いをしてわかったのは、「上司をよく観察すること」の重要性。日頃からそれとなく観察し、報告のタイミングはいつがいいか、口頭でした方がいいのか、または資料を見せた方がいいのかなど、相手のタイプに応じて柔軟に対応することが大事と説く。
ところで、そんな上司とエレベーターの中で、たまたま二人きりになった場合、あなただったらどうするだろうか?

伏し目がちに無言でやり過ごそうとしたら、「落第点」だそうだ。正解は以下のとおり。

「冗談を言う」は松、
「ホメる」は竹、
「お礼を言う」は梅、
「当たり障りのない世間話をする」はギリギリ及第点、
「無言/会話しない」は落第点(本書より)

「あんな上司相手におしゃべりに興じるなんて」という声も聞こえそうだが、それでもした方が良いのは、ひとえに「自己保身のため」だという。そのためには、どんな上司であっても、同時に「友人関係」であることを目指すべきだと、久保田さんは説明する。たしかに、冗談を言われたり、ホメられたりしたら、上司としても悪い気はしない。今後は、理不尽な扱いも減るかもしれないと期待ができる。ハードルは高いが、やってみて損はないテクニックだろう。

直言してきた部下にはどう切り返す?

逆に、自分が部下を持つ上司である場合の処世術も説かれている。
期待したレベルの報告がない部下に対して、「なぜこうしないんだ?」といった聞き方をするのはアウト。部下は言い訳をするか、何も言えなくなって、組織の風通しを悪くするだけだ。

ここは詰問は避け、部下の警戒心を解きほぐすのが正しいマナーだ。例えば―

「ちょっと教えてください」「ちょっと教えてくれる?」と部下を呼ぶ。
「この文章はこういう意図でつくった文章ということでいいのかな?」
「この企画はこういうことをしたいということだよね?」(本書より)

というふうに。

直言してきた部下への対応も同様で、「大人の余裕」を示すのが肝心。

具体的には、「さすがXXに詳しいA君だね」と持ち上げた上で、(正論を否定できない場合)「でもまあ今回は、これで我慢してくれよ。今後の展開の際に参考にさせてもらうよ」などのように余裕を持って軽くいなす。このように一目置く態度を見せれば、大体の場合、不満は残らないものです。
本当に採用した方が良い提案であれば、翌日少し時間をおいて「良く考えてみたんだけど、やっぱり君の言う通りにしよう」とするのが良いと思います。(本書より)

上司になったらなったで、部下との関係に苦慮することは、当然ながらあるはず。その際に心しておきたいのは、「部下より自分の方が人間的に上」であると勘違いしないこと、と久保田さんは述べている。部長、課長、係長といったポジションは、あくまでも仕事上の役割分担を示すものに過ぎない。そこを勘違いしなければ、部下との関係強化に弾みがつくはずだ。

批判をせず、敵をつくらず

「男子家を出ずれば七人の敵あり」という言葉がある。しかし、組織で生き抜くには、敵をつくらないことが重要だと、敵がいたせいで閑職に追いやられた局長の例を引き合いに、久保田さんは力説する。

敵をつくらない秘訣の1つが、「批判をしないこと」。久保田さんは、陸前高田市の副市長だった頃、国の震災復興対策を批判したことで、大臣に嫌われた経験を明かし、批判のリスクを思い知らされる。

では、自分が批判の矢面に立ったときはどうか? この場合も、批判で応酬することはしないよう諌める。大概は、「批判合戦に発展して収拾がつかなくなる」だけに終わるからだ。

それでも、職場には一人や二人、どうしてもそりが合わず、苦手な人はいるもの。こうした、一歩間違えれば敵になりそうな人への対処法についても記す。

そうした人とできる限り会うのは避けたいのが本音だと思いますが、それだと「あいつは会っても挨拶すらしない」などと陰で余計に攻撃が激しくなる場合があります。そこで苦手な人にもこちらから挨拶に伺うことをオススメします。先回りして気勢を削ぐのです。(本書より)

具体的には会議などの席で顔を合わせたら、「〇〇の久保田です。いつもお世話になっております」。叱責や批判を受けたときは、「先日は大変失礼しました。以後気をつけます」と簡単に挨拶し、何事もなかったように接する。明らかに問題がある相手とは、必要以上に接近しないことも保身の知恵だ。この場合に限らず、挨拶は人間関係の万能の潤滑剤。部下や若手にも率先して挨拶するよう久保田さんはアドバイスする。

* * *

久保田さんは本書の終わりで、「サバイバルの目的は、単に今の状況を乗り越えるだけではなく、将来のキャリアや本当にやりたいことを実現するため」だと説明する。そう、サバイバルとは単に、組織に永遠にしがみつくための手段ではない。その先にあるステージへ雄飛するための、一つの学びであるのだ。そう考えれば、苦手な上司も、尊敬すべき人物であると気持ちが変わる。もし組織内の人間関係で悩んでいるなら、本書はとても有益な1冊となるだろう。

【今日の仕事に役立つ1冊】
『官僚が学んだ 究極の組織内サバイバル術』

久保田崇著
朝日新書

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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