文/鈴木拓也
国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、男性の単身高齢者の会話の頻度が「2週間に1回以下」という人の割合が15%に及んでいる。
この調査は2017年度のもので、コロナ禍でステイホームが推奨された時期だと、もっと比率は高まっていただろう。
この統計を持ち出すまでもなく、生涯未婚率の高まりや「新しい生活様式」などによって、孤独な日本人は増える傾向にある。
孤独は、絶対に避けるべきものなのか、折り合いをつけるべきものなのか。とくに定年後を生きる人には悩ましい問題だ。
そんな中、「孤独を楽しむ」ことをすすめているのが、医師で作家の鎌田實さんだ。
「楽しむ」と言っても、社会的孤立を甘受せよという話ではなく、前向きでいい塩梅の孤独のすすめ。そのための極意が、著書『ちょうどいい孤独』(かんき出版)で余すところなく記されている。
ひとりの時間を持って「ソロ立ち」を目指す
鎌田さんは、人間という生き物は「“群れたい”欲望と“ひとりでいたい”欲求の両方を併せ持つ存在」だと指摘する。
人類は、進化の途上で生存のために群れ(コミュニティー)を作ったが、そこから離れて独立独歩を目指す者もいた。だから地球上にあまねく人々が定住しているのは、後者の孤独をいとわない人たちがいたからだという。その遺伝子を受け継いだわれわれは、相反する欲求のバランスをとりながら生きていかざるをえない。「それが現代に適した生き方」だと、鎌田さんは説く。
また、「ちょうどいい孤独」には、プラスの面がたくさんあるという。例えば、自分の人生を自分で選択する力がつく、自己肯定感が高まる、ユニークな考えが浮かんでくるといった、能力面での進歩が期待できる。そして、孤独を知ることで、「人を大切に思ったり、愛したりすることができる」というのも大きなメリットだとも。
そう言われても、孤独の負の側面を見がちなわれわれには、難しいかもしれない。その上で、ひとりでいる時間を生活の中に取り入れ、「ソロ立ち」できるよう、鎌田さんは説く。
未体験の新しいことにチャレンジする
これまで、家族や職場の仲間と行動をともにし、あえてひとりになる経験が少なかった人には、「ソロ立ち」のハードルは高いかもしれない。
「ひとりになって何をするのか?」と迷う人に、鎌田さんは「新しいことにチャレンジ」することをすすめる。
例えば習い事や体験教室に参加してみるとか、あえて苦手な分野に挑戦して世界を広げてみるのです。いままで読む機会がなかったり、時間に追われてなかなか読めなかった古典や長編小説に挑戦し、知見を広めるのもいいと思います。「毎日この時間は読書の時間」と決めて、読み応えのある本に挑戦してみるのはいかがでしょうか。(本書より)
また、アートに触れる機会を増やすこともすすめられている。「60代からのソロ立ち」の出発点として、現代アートが展示されているギャラリーや美術館に1人で行く。誰かと一緒だと、作品に対するその人の意見が気になってしまうが、ソロであれば自由に思いを巡らせることができる。美術館まで足を運ぶ余裕がなければ、美術書をひも解くだけでもいい。
アートよりも映画が好きならミニシアターへ。あるいはインターネットの動画配信サービスで、古い映画から孤独の魅力を見つけるというやり方もある。
鎌田さんは、上に挙げたチャレンジにこだわらず、とにかく思いついたものから試してみようといざなう。各人各様いろいろやってみて、自分流のソロ活が見いだせるはずだ。
「ゆる友」が孤立を防ぐ
「ちょうどいい孤独」を目指すにあたって注意したいのは、「孤独」と「孤立」を履き違えないこと。
似た意味に思えるが、この2つの言葉はまったく別物だという。
鎌田さんは、「孤独」とは「自分が望む場所と時間を自分で選ぶこと」、「孤立」とは「いざというときに頼れる人が誰もいない状態」であると、違いを説明する。
では、「孤立」してしまうと、どうなるのか?
孤独は人を育てます。でも孤立は、自分の心の中に“魔物”を育て、その魔物が自分自身を破滅へと追い込んでしまいかねません。人間はもともと、孤立して生きる動物ではないからです。(本書より)
シニア世代では、女性よりも男性の方が孤立しやすいとは、よく聞く話だ。おそらく、会社人間一直線で、職場以外のつながりを作る経験がないまま、リタイアしてしまう人が多いからなのだろう。
鎌田さんは、このリスクを打開するヒントを教えてくれる。
それは、ゆるやかにつながっている「ゆる友」の存在。
鎌田さんは、スキーが趣味で年に60日もスキー場に足を運ぶ。そこで、多くのゆる友と交流するという。ゆる友は、みな定年退職をしたと思われる世代。頂上に向かうゴンドラの中で、スキーの話に花を咲かせるが、それ以上に立ち入った間柄にはならない。
いつも見かける赤いスキーウェアのおじさんが来なくなると、心配になります。病気でもしたのだろうかと。
でもしばらくして、赤いスキーウェアを駐車場で見たときは、とてもうれしくなりました。「おはよう」の挨拶をします。「心配してたよ」と言うと、「急な仕事ができてね……」。そんな会話ができることがとても大事なのです。(本書より)
言うまでもなく、ゆる友は、黙っていてできるものではない。自身の魅力やコミュニケーション力も問われるし、なによりもこちらから積極的につくる姿勢が必要。ここは、自分の殻を破って乗り越えたいところではある。
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誰しも、定年が見え始めたあたりから、どうしても孤独を感じる時間が長くなる。そこから孤立の罠にはまることなく幸福に生きるには、「ちょうどいい孤独」が大事だとよくわかる。そのための道しるべとして、鎌田さんの著書は大いに役立つはずである。
【今日の定年後の暮らしに役立つ1冊】
『ちょうどいい孤独』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。