長引くコロナ禍において、以前よりも人とのつながりが感じられず、ひとりでいることの孤独感を感じている方、漠然とした不安に苦しみ、平穏な心を取り戻したいと思っている方が増えているのではないでしょうか?

そこで、チャンネル登録者数42万人の大人気YouTube人生相談『大愚和尚の一問一答』で、人々の不安の声に答えている大愚元勝さんの著書『ひとりの「さみしさ」とうまくやる本』から、孤独との付き合い方についてご紹介します。

文/大愚元勝

幸せになるのはどんな人

「禅語」の1つに「知足(ちそく)」という言葉があります。「足るを知る」とは身のほどをわきまえることであり、分相応に生きなさいという教えが込められています。

分相応に、だなんて夢も希望もないと感じる人がいるかもしれませんが、人にはそれぞれに「器」というものがあるのです。

大きければいいというものではなく、大切なのは自分の器にふさわしい人生について熟考することであり、今の幸せに感謝しながら精一杯に生きることです。

なぜこんな話をしたかというと、失礼ながら、結婚を望むおひとり様の中に、足るを知らない人が少なからずいるように思うからなのです。

私のもとへ届くお悩み相談にしても、年齢や容姿や年収といった相手に対する条件ばかりが先だって、自分の器を忘れておられるケースが目立ちます。これでは仮に理想通りの人が現れたとしてもフラれてしまう可能性が高いでしょう。恋が成就したとしても、ずっと背伸びしたまま歩み続けるというのは苦しみでしかありません。

やはり分相応な相手を選ぶのが一番なのです。

ところが人間というのは愚かな生き物で、ついつい自分の器を無視して、もっともっとと欲張ってしまいがちです。欲望がないと向上心もやる気も生まれないので、欲を持つのはよいのです。けれどガツガツするのはいけません。

禅語にある「平常心」(どんなときも心穏やかに淡々と暮らすこと)を実践することが大切。

まずは他者から何かを与えてもらいたいという欲を捨てましょう。そのうえで、心をケチらず、どんな人にでも親切に接して縁を回す。

これこそが仏教が説く幸せの法則なのです。

「不安」と「孤独」は別物である

将来の不安と現状の孤独を混同している人もいます。

何年か前に「2000万円問題」というのがありました。すると「老後は年金以外に2000万円の蓄えがないと路頭に迷うらしい」と不安を覚える人がいて、私のところへ寄せられる相談内容も、「おひとり様の自分には協力して支え合うパートナーがいません。どうしたものでしょうか?」といったものが増えました。

動揺する気持ちは理解できますが、それにしてもその他力本願ぶりに私は少し驚いてしまい……。

それに短絡的過ぎます。パートナーがいれば支え合っていけるという保障などどこにもありません。

そもそも不安であることと、孤独であることは別問題。

不安があるなら、生活を縮小して貯金に励むなど自力で解消しようと考える。孤独が嫌なら、どんな人に対しても「この人こそが運命の人かもしれない」というくらいの気持ちで接する。いずれにしても自分の人生は自分で切り拓くという覚悟が必要なのです。

覚悟のある人は覚悟に欠けたあなたを選びませんし、覚悟のない人同士が結びついたところで生活が破綻するのは目に見えています。

ですから孤独だとボヤいている時間があるのなら、内観を通して自立心を備えましょう。「自分のことは自分で」と考える二人が結ばれれば、支え合うこともできるはず。相互依存(自立している者同士が尊重し合い、協力し合う関係)を目指しましょう。

実は一人で生きていけるようにすることが、孤独から脱出するための一番の近道なのです。

瞑想で孤独のさみしさから逃れる

自分に目的がないと自我意識が強くなる。そして自我意識が強くなると孤独感が強くなるといわれています。

つまり孤独のさみしさから逃れるためには、人生の目的を掲げ、それに向かって精神性を高めていく必要があるのです。

人生の目的がみつかれば苦労はいらないと思う人がいるかもしれませんが、夢中になれることなら何だっていいのです。

花を育てようでもいいし、お料理を作ろうというのでもいいと思います。ただし、注意点があります。

たとえば時間をかけて丁寧にビーフシチューを作ったとしましょう。美味しくできたからといって、家族に褒められたいと望んではいけません。なぜなら褒められたいという気持ちの源にあるのは強烈な「自我」だからです。これでは元の木阿弥。家族から「おいしい」「ありがとう」「すごいね」といった賛辞がなかった場合には落胆し、虚しさを抱いてしまうでしょう。

もしもあなたが日常生活の中で家族に対して「こんなに頑張ったのに」「こんなに一所懸命やったのに」などと思ったり、言葉にしたりしているとしたら、「家族のために」という気持ちより「自分の働きを認められたい」という気持ちのほうが勝っています。「自分が自分が」という自我が強いのです。

自我はエゴとも呼ばれますが、放っておくと独りよがりな思考が増幅していってしまいます。

たとえば望みどおりに結婚できたとしても、もっとパートナーに優しくされたい、もっと贅沢な暮らしがしたい、子どもを有名校に入れて虚栄心を満たしたい、もっともっともっとと望んでしまうのです。

こうした感情の正体を仏教では、「煩悩」といいます。煩悩があると心の平安を迎えることができません。ところが近代社会は人の煩悩を刺激し、煽り立てることで成立しているため、煩悩を封じることは極めて難しいのです。

それではどうしたら煩悩を抑えることができるのでしょうか?

釈迦様が実践なさっていたのは「瞑想」です。煩悩に限らず感情を抑えるためには、その時々の自分の心を監視する必要があるのです。さみしいという感情を抑える場合も同じことです。

仏教では、

・心の中で思うこと
・話すこと
・行うこと

が連動していると捉えています。

だから心を整える。できれば毎日、5分でいいので瞑想することをおすすめします。

もっともっとと望んでいる自分をみつけたら、「感情を捨てて、それがほんとうに必要か冷静に考えてみよう」と自分に語りかけてみてください。

さみしいという感情をみつけたら、「感情を捨てて、自分はどんな人生を求めているのか冷静に考えてみよう」と自分に語りかけてみてください。

これを繰り返すうちに言動が変わってくる。するとつきあう人が変わってきます。それは人生が好転することを意味します。

瞑想といっても大袈裟に考えず、肩の力を抜いて、軽く目を瞑り、まずは深呼吸。そこから静かに自分の心を観察していきます。最初はうまくいかないかもしれませんが、毎日続けることでコツを掴むことができるでしょう。

幸せになりたいのなら自分の心から余計な感情を取り払い、心の風通しを良くすること。そのための瞑想です。

* * *

『ひとりの「さみしさ」とうまくやる本』 大愚元勝 著
(興陽館)

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大愚元勝(たいぐ・げんしょう)
慈光グループ会長。駒澤大学、曹洞宗大本山総持寺を経て、愛知学院大学大学院文学修士号を取得。僧名「大愚」は、大バカ者=何にもとらわれない自由な境地に達した者の意。彿心宗大叢山福厳寺住職。僧侶、事業家、作家・講演家、セラピスト、空手家と6つの顔を持ち、「僧にあらず、俗にあらず」を体現する異色の僧侶。平成27年に福厳寺31代住職に就任。福厳寺興隆と寺町づくりに尽力する傍ら、彿心宗学院、公園、執筆、Webサイトなどを通じ、仏教に学ぶ「生き方」を、独自の切り口でわかりやすく人々に伝えている。「心が軽くなった」「生きるのがラクになった」と大評判の超人気YouTube人生相談「大愚和尚の一問一答」はチャンネル登録者数42万人を超える(2022年2月現在)。


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