取材・文/坂口鈴香

沢村寛之さん(仮名・60)は夜中にせん妄を起こし、大声で叫び暴れ出した母、恒子さん(仮名・86)を静かにさせようと押さえつけた結果、ケアマネジャーと市の職員に虐待を疑われ、恒子さんをショートステイ先の施設に連れて行かれてしまった。ところが2日後、恒子さんが吐いて発熱していると連絡が来た。病院に駆けつけた沢村さんが見たのは、心神を喪失したような恒子さんの姿だった。

母親への虐待を疑われた息子(2)はこちら。

家族が話しかけるうちに言葉が戻った

恒子さんは救急病院から新たな転院先に移った。しかし、この転院先の病院でも恒子さんは身体拘束されていたようだと沢村さんは嘆く。

「職員がそう言っていました。トイレも行けなくて、おむつをさせられて、表情もない。もちろん面会もできない。こんな病院にいたら、もっと悪化してしまうのは目に見えています。それで、以前仕事で知り合いになった介護関係者に相談したところ、隣の市の認知症専門病院に転院させてもらえることになりました」

恒子さんの転院がかなったのは3か月後だった。恒子さんが入院していた病院でコロナのクラスターが発生して、転院が遅れたのだ。やっと恒子さんに対面できた沢村さんの喜びは大きかった。

「新しい病院に着くまでの間、介護タクシーの中で私と弟が母に話しかけていると、だんだん言葉が戻ってきました。こんな短時間で状態が改善したのも、母の状態を理解している家族がそばにいるからでしょう。やはり家族が近くにいないとダメだと思いましたね」

せん妄を起こした原因がわかった

転院した病院で恒子さんは身体拘束されず、増えていた投薬量も大幅に減らすことができた。リハビリも開始したという。

そして、ここではじめて恒子さんはレビー小体型認知症だと診断された。

「それでようやく、あの夜せん妄を起こした理由が納得できました。レビー小体型認知症なら幻視や幻聴はよくありますから。それにしても、これまでに受診した4か所の病院での診断は何だったのかと憤りを感じます。どこかで適切な診断をされていれば、母もあんなひどい状態にならなくて済んだのに」

それでも今の病院に移れたのはまだ幸運だったと思う。前の病院にいたままだったら、確実に寝たきりになっていただろうという。

「母とオンラインで面会をすると、ずいぶん元気になっていて安心します。看護師と会話もできていますし、表情も戻ってきていて、廃人同様だったのが見違えるようになっています」

もっとも、医師からは恒子さんが元のような状態になることはないと言われている。

「転倒したり、誤嚥性肺炎になったりするなど、いつどんなことが起こってもおかしくないそうです」

それでもせっかく希望が見えてきたのに、この病院にはあと2か月しかいられない。恒子さんをこれからどうするか、沢村さんは悩んでいる。自宅近くの施設に入れて、家族が時々面会するというのがもっとも現実的だろうと冷静に考える一方で、こんなことも頭をよぎる。

「自費でも構わないから、24時間サービスを使って自宅で見てあげたいという気持ちが消えません。この一連の苦い経験で、施設では母がかわいそうだと思うようになりました。レビー小体型認知症で耳も遠い母が、これからあと10年も20年も生きることはないのですから、自宅で看取ってあげるのが母の幸せではないのかなと思えてなりません」

沢村さんの言葉からは、恒子さんのことを大切に思う気持ちが伝わってくる。一方で、ケアマネジャーや地域包括支援センターの職員も恒子さんを保護することで、恒子さんの身の安全を優先したのだろうと思えなくもない。恒子さんに何かあったら見逃した専門職の責任になる、という焦りもおそらくあったのだろう。病院の対応も冷たく、沢村さんは誰も味方になってくれないという失望感で怒りが爆発した。双方の気持ちがここまですれ違ってしまったのは、ケアマネジャーをはじめとした専門職が沢村さんの気持ちを配慮したうえで、沢村さんが納得できるだけの説明やコミュニケーションができなかったからではないだろうか。それは沢村さんにはもちろん、恒子さんにとっても不幸なことだった。

ただ、沢村さんには新しい目標も見えてきた。自分のような思いをする親や家族をなくしたいという思いが強くなったのだ。

「地域包括支援センターの不備が身に沁みてわかったし、ケアマネジャーにも誠意が感じられませんでした。介護される人や家族ではなく、目の前の利益や組織のことしか考えていないのではないか。そこで今のコンサルティング事業を軌道修正して、私のような人が相談できるような事業にシフトできないか考えはじめています」

今回の経験を無駄にしたくない、と沢村さんは結んだ。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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