「たしかにあの日も水曜日でした。『水曜日の帰りは遅くなる』と言っていたような気もするんですが、『水曜日は残業が多い』とインプットしていたんです。まったく違いましたね」
どうせ聞いてくれないから、言っても仕方がない
夫が自分の言うことに関心を示してくれない、という女性の不満はよく耳にする。どうせ聞いてくれないから、言っても仕方がないから、という理由で、いちいち夫に報告しなくなるケースは山ほどあるだろう。もし有美子さんが「ノー残業デーの水曜日、会社帰りにカフェで試験の勉強をし、一杯だけ飲んで帰宅する」と伝えていたとしても、大西さんの記憶に残っていたかどうかはわからない。
が、この一件は、大西さんが夫としての自分を振り返るいいきっかけになったようだ。「自分は妻のすべてを知っているわけではない」と気付いたからだ。
「僕が知る“職場の妻”は、20代の頃の姿。あれから20年経っているんだから、部下を持つ立場になっていても不思議はありませんよね。なのに、何人部下がいて、どんな苦労をしているのか、ちゃんと聞いたことがありません。考えてみれば、妻の職場環境についてもほとんど知らないんですよ。子供の教育や親のことなど自分以外のことばかりで、お互いのことを話す余裕はありませんでしたから。でも、夫婦なんだから、どんなことにチャレンジしているとか、試験に受かったとか、頑張っていることくらい話すべきですよね。知っていれば、応援できるじゃないですか。僕も応援したいし、応援してほしいですから」
最近の大西さんは、妻との会話を大事にしているそうだ。
「強い使命感をもって仕事に取り組んでいることがわかりました。なかなか頑張っているなぁと思いますよ。部下とのジェネレーションギャップにイライラしていることも、来年また昇格試験を受けようとしていることも、いろいろわかっておもしろい。ようやく、ママでも妻でもない有美子が見えてきたような気がします。でも、全部聞いていると疲れるんですよ。どうしても『ああ』とか『そう』と適当に相づちを打っちゃう。そうすると『聞いてないでしょ!』って不機嫌になる。うまくやろうとすると、うまくいかないものですね(笑)」
取材・文/大津恭子
出版社勤務を経て、フリーエディター&ライターに。健康・医療に関する記事をメインに、ライフスタイルに関する企画の編集・執筆を多く手がける。著書『オランダ式簡素で豊かな生活の極意』ほか。