取材・文/大津恭子
定年退職を間近に控えた世代、リタイア後の新生活を始めた世代の夫婦が直面する、環境や生活リズムの変化。ライフスタイルが変わると、どんな問題が起こるのか。また、夫婦の距離感やバランスをどのように保ち、過ごしているのかを語ってもらいます。
[お話を伺った人]
内海晴人さん(仮名・64歳)医薬品メーカーを退職。念願だった家庭菜園を始め、日々野菜作りとその研究に勤しんでいる。
内海加奈さん(仮名・56歳)薬剤師として働いていたが、出産を機に退職。子育てを終え、現在は近所の調剤薬局でパート勤めをしている。
近所の子供から注意された夫。鈍感力が仇となり、トラブル連発
勉強であれ趣味であれ、退職後にやりたいことを見つけておくのはいいことだ。内海晴人さんは、リタイア後に本格的な家庭菜園を作って過ごすのが長年の夢だったそうだ。50代半ばから、綿密に計画を立ててきた。
「父が地方公務員だったので、官舎育ちなんです。子供の頃は、自分が大人になったら一軒家を建てて、広い庭で子供と遊んだり、花を育てたりするんだろうなぁと漠然と思い描いていたんですけど、現実は全然違いました。だから余計に憧れたんですよね」(晴人さん)
晴人さんは転勤が多かったため、20年以上社宅住まいが続いた。横浜市郊外の分譲地に念願の庭付き一戸建てを構えたのは47歳のとき。ところが新築直後に海外転勤が決まり、子供の受験期とも重なったため、それから10余年もの間、単身赴任生活をしてきたそうだ。赴任先では休日にまで接待が及び、多忙な日々を送っていた。夜中に風呂に浸かり、庭のレイアウトや菜園作りの段取りをあれこれ考えることが、最大の気晴らしだったという。58歳のときに本社勤務になり、定年まで勤め上げた。
退職日まで3か月を切ったある日、晴人さんは、自宅に隣接する土地が売りに出されていることを知り、「購入したい」と妻に切り出した。理由は“広い菜園を作るため”だ。
「もちろん大反対しましたよ。主人が野菜作りをしたがっていたのは、ずっと前から知っていました。でも、子供も巣立ってふたり暮らしですし、今さら土地を買い足すなんて……。私は自給自足の暮らしをしたいわけじゃないし、今ある庭で充分じゃないかって、反対したんです」(加奈さん)
それからというもの、晴人さんによる説得が始まった。毎晩のように加奈さんに夢を語り、色塗りした設計図を広げながら、数年先の野菜収穫計画まで話したそうだ。
「最後は根負けです。だけど、老後のための蓄えを切り崩さないこと、畑仕事は私にいっさい手伝わせないことを約束してもらいました」(加奈さん)
土地購入には親の遺産相続で得たお金を充て、退職金にはいっさい手をつけなかった。幼い頃からの夢だった広い庭を手に入れた晴人さんは、新たに図面を起こし、菜園作りの計画を立て直し、退職後すぐに庭の整理に着手した。ところが……。
【裏に住む小学生の子が『静かにしてください』。次ページに続きます】