取材・文/大津恭子
定年退職を間近に控えた世代、リタイア後の新生活を始めた世代の夫婦が直面する、環境や生活リズムの変化。ライフスタイルが変わると、どんな問題が起こるのか。また、夫婦の距離感やバランスをどのように保ち、過ごしているのかを語ってもらいます。
[お話を伺った人]
倉田洋二さん(仮名・60歳) 57歳で長年勤めた商社を早期退社。その後、元同僚が経営するコンサルティング会社の顧問として、週に2日だけ出勤するセミリタイア生活を送っている。
倉田さとみさん(仮名・60歳) 25歳で結婚・出産後、子育てに専念。40歳のときに医療事務の資格を取得。以後、大学病院でパート勤めを続けている。
新婚旅行で早朝から釣り。旅行先で釣り最優先の夫に辟易
倉田さんご夫妻は、高校時代の同級生カップル。大学卒業後も交際が続き、25歳で結婚した。10代から数えると、かれこれ40年以上連れ添ってきたことになる。ふたりは50歳を過ぎたあたりから、定年後の理想的な過ごし方について何度か話す機会があった。その都度妻の口から出た言葉が「ゆっくり旅行に出かけたい」だった。
洋二さんが会社の早期退職優遇制度を利用し、定年間際の57歳で退職した際、さとみさんは驚いた表情を見せたものの、翌日には「あなたが決断したことだから」と受け入れてくれた。そして、減収分を少しでも補おうと自身のパート勤務日を増やしたそうだ。
洋二さんは、しっかり者で自分を立ててくれる妻を、同志のように思ってきたという。
妻が58歳の誕生日を迎えた日、洋二さんは58本のバラを用意した。
「10代の頃から世話になってきたし、自分がリタイアしたら、感謝の花束ってやつをやってみようと思っていたんです。花なんてプレゼントしたのは初めてですよ。渡すときより買うときのほうが恥ずかしかったです」(洋二さん)
花束作戦は大成功。さとみさんは涙で目を潤ませながら「ありがとう」と言ってくれた。そこで、「沖縄にでも行かないか? セミリタイアしたんだし、時間はある。これからは3か月に1回、旅行に出かけようよ!」と切り出したところ、「3年に1度でいいわよ」と返され、言葉を失った。
洋二さんは首をかしげる。
「僕だって、別に3年に1度でもいいんですよ。でも、流れ的に、ちょっとねぇ。こっちははしごを外されたような感じですよ。今まで『旅行、旅行』って言ってたのは何だったんだよ、ってね」
妻の願いを叶えようと張り切る夫に対し、そっけない妻。その理由を、妻本人に聞いてみた。
「だって、沖縄ですよ。私は閉所恐怖症だし、高所恐怖症だし、昔から飛行機が苦手なんです。これまでも、旅行は電車か自家用車で行けるところを選んできたのに、どうして今さら沖縄なの? って」
妻の飛行機嫌いを忘れていたとは、うっかりミスにしろ、痛い失敗だ。とはいえ、行き先を変更すればいい話ではないかと思うが……。
【新婚旅行での苦い思い出。それ以来一緒に旅行していない。次ページに続きます】