取材・文/大津恭子
定年退職を間近に控えた世代、リタイア後の新生活を始めた世代の夫婦が直面する、環境や生活リズムの変化。ライフスタイルが変わると、どんな問題が起こるのか。また、夫婦の距離感やバランスをどのように保ち、過ごしているのかを語ってもらいます。
[お話を伺った人]
林田浩一さん(仮名・64歳) 酒造メーカーで事業本部長として定年退職。同企業内での2年間の再雇用期間がまもなく終了する。
リタイアした途端、部下からの年賀状が途絶えた
新年が半月ほど過ぎた今日この頃、林田浩一さんはいじけている。自分宛に届いた年賀状の枚数が妻よりも少なかったからだ。しかも、圧倒的に。
一昨年の春から再雇用に切り替わった林田さん宛てに来た年賀状は7通。それに対し、6歳年下の妻・冬乃さんには50枚強の年賀状が届いていた。
「僕だって、一昨年までは100枚以上やりとりしていたんですよ。話したことのない新人からも送られてきていました。でも寂しいもんですね。定年退職した途端にほぼ3分の1、その翌年にはさらに半減。返事すらよこさない部下もいるんですから」
「このあいだまで部下だったのに不義理な奴らだなぁ」とボヤく林田さんに、妻は静かにこう言ったそうだ。
「あら、もう部下じゃなくて同僚でしょう? もしかして、上司になった人もいたりして」
妻の指摘はいつも鋭い。かつて自分がいた場所には、現在、数年前に課長だった元部下が座っている。また、自分も現役時代、元上司へ年賀状を出すことには抵抗があった。しかし、先方がやめない限り送り続けてきた。正直なところ、年賀状リストから外す度胸がなかっただけだ。それでも、今なお尊敬している元上司には、この先も送り続けるつもりだ。「尊敬している元上司」といっても、ひとりだけなのだが――。
入社直後に配属されたのは、営業の部署。林田さんと共に、横浜地区を担当していたのが4期先輩のAさんだった。横浜エリアの居酒屋やバーを朝から晩まで訪問し、自社のビールをメニューに入れてもらう商談をする日々だった。営業を終えても、調査のために毎夜のように飲み屋巡りをしていた。
Aさんは、とびきり明るい人柄で、体育会アメフト部出身とあって見た目も頼もしいためか、酒場の大将に気に入られやすい人物だった。
新人の林田さんに営業の基本を教え、成績が振るわず落ち込んだ時期も「一緒に乗り切るぞ」と励まし続けてくれた。自身がやっとのことで口説いた得意先を紹介してくれたこともある。途中、異動で顔をあわせる機会がなくなったが、この歳まで会社をやめずに来られたのは彼のおかげだと言っても過言ではない。Aさんは先にリタイアしたが、年賀状での挨拶を欠かすつもりはなかった。
【いつまでも年賀状を出すのは迷惑かもしれない、とも思っていた。次ページに続きます】