取材・文/ふじのあやこ
家族との関係を娘目線で振り返る本連載。幼少期、思春期を経て、親に感じていた気持ちを探ります。(~その1~はコチラ)
今回お話を伺ったのは、都内の有名企業で働いている美子さん(仮名・37歳)。奈良県出身で、両親と4歳上に兄のいる4人家族。専門学校2年のときに祖母が足を悪くしたことがきっかけで一緒に暮らすことに。祖母を招き入れることで美子さんの一人暮らしが予定外にスタートします。
「まだ就職したくなくて、次に進学したい専門学校の見学に行ったりしていた矢先の出来事で。進学したいことを言い出せないまま、一人暮らしのアパートを決めて、その間に必死に就職先を探しました。引っ越しが近くなると、両親が私に何度も謝るんですよ。謝ることじゃないし、仕方のないことなのに、そんな気持ちを持ってほしくないと思って、必死に明るく務めていました。本当はとても寂しかったんですけどね」
祖母の急逝で再び実家で暮らし始めることに
飲食店の仕事をしながら、平日は実家に帰り、祖母の話し相手になってたり、母親の手伝いをしたりしていたそう。しかし、一緒に暮らして1年も経たないうちに祖母は亡くなってしまいます。
「元気そうに見えたんですけど、やっぱり動けないことで体が弱ってきていたのか、肺炎で亡くなってしまいました。祖母が家に来て、まだ8か月ほどでしたね。祖父は私が小さい頃に亡くなっていたこともあって、そのときの父親の落ち込みはひどかったです。父親は2人兄妹の長男で葬儀の喪主を気丈には務めていましたが、その後はずっと力ない愛想笑いを家でもするようになって……。そのことが心配で、私は再度実家に戻る決意をしました」
マンションを引き払い実家に戻った美子さんは、その半年後には勤め先を辞めて再就職もします。
「父と祖母の別れを目の当たりにして、私もいつか両親と別れなければいけないことを実感したというか。両親の了解も得ずにすぐにマンションの退去届を出して、1か月後には実家に戻りました。
そして、就職先の飲食店では学校で少しいじったことがあったデザインソフトを使って、メニューなどを作っていたんですが、そのデザインの仕事をしたいなって思って、デザイン事務所に転職しました。そこはアルバイト採用でその後認められれば正社員になれるというもの。転職はもちろんやりたかったことでしたが、平日休みから土日休みに戻したかったんです。週末にどこかに行くわけじゃないけど、両親が家にいる時間に私も家にいたかったんですよね」
実家から仕事に通うこと1年半、念願の正社員にもなれて仕事は忙しくなっていきます。家から始発で出て終電で帰るような生活を続けていた中、母親から再度一人暮らしを打診されたとか。
「あのときは実家にいても、ほぼ寝ているだけで会話もありませんでした。休みの週末も布団の中で過ごすことがほとんどだったし。忙しさもピークで太っていましたね。仕事中のながら食いや深夜に食べたりもしていたことが原因で……。そんな姿を見て、母親から『それでも続けたい仕事なら、会社の近くで暮らしてみたら』と。その言葉から一人暮らしを再び始めることになりました」
【告知を1人で受けたことを「えらい」とほめてくれた。次ページに続きます】