猫は非常にバランス感覚に優れた動物です。狭いところで物を倒さずに歩くことができるのも、やはりこの卓越したバランス感覚のおかげ。今回は、猫のバランス感覚について、動物行動学者の入交眞巳先生にお話を伺いました。
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以前テレビで、陶芸家さんの工房で猫ちゃんがするすると陶器を避けながら上手に歩く様子を見たことがあります。倒れたらすぐに割れてしまうような繊細な器に触れることなく、涼しい顔をして通って行く様子は颯爽としていて、猫ちゃんかっこいい!と改めて思ってしまった次第です。
猫はどうして、こういった優れたバランス感覚を持っているのでしょうか。猫の行動に詳しい入交先生によると、猫の視覚にヒントがあるようです。
「猫の視覚の進化の結果、そうしたバランス感覚に優れた行動をとることができるのだと思います。これは先祖から受け継がれた適応行動なのでしょう」
猫の祖先の中でも、発達した視覚と、その視覚から得た情報を脳の運動野に持っていく際、非常に優れた能力を持った個体だけが狩りに成功し、そうした優れた能力を持つ個体たちが生き残っていったと考えられると、入交先生。
「そうした能力を持った個体同士が子孫を作り、現在の猫の行動や能力に結び付いたのではないでしょうか」
入交先生曰く、非常に優れた視覚とそれを運動に連携させることができる能力を持つ猫は、脳の研究や感覚器の研究に昔からよく使われてきたそう。1950年代後半にも猫の視覚野の詳細な研究があり、人の視覚、その脳の働きを知るスタートを切ってくれているのも猫の脳の研究からなのだとか。
猫の視覚とそれと連動した運動能力は、人間の視覚や脳の研究にも役立っているんですね。器用にするすると物を避けて通る猫ちゃんを見たら、今度からは「ありがとう!」という気持ちになりそうです。
入交眞巳(動物行動学者)
日本獣医畜産大学(現日本獣医生命科学大学)卒業。都内の動物病院にて勤務後、米国バヂュー大学で学位取得、ジョージア大学付属獣医教育病院獣医行動科レジデント課程を修了。アメリカ獣医行動学専門医の資格を有する。北里大学獣医学部講師、日本獣医生命科学大学獣医学部講師を経て、どうぶつの総合病院・行動診療科主任、日本ヒルズ・コルゲート株式会社の学術アドバイザーを務める。現在、東京農工大学特任講師をはじめ、各地の獣医科大学の非常勤として教鞭もとる。著書に『猫が幸せならばそれでいい』(小学館)。
文/一乗谷かおり