玉川「人が銅の一枚板を叩くと書いて“命”という字ができていると先に言いましたけれども、本当に銅器は生き物なんですよ。ご使用後、空布巾をかけることで、使うほどにいい色合いが出てきます。明治から100年以上使っている銅器は、じつにいい風合いになっています。
でも、使い方が悪いと錆びが出てシミがついたりします。銅器には命が宿っていて、人が使い込むことで完成してゆく。そこはお客さまのモノづくりです。ですから、銅器を売るときは生まれたばかりの赤ちゃんを渡すようなつもりで、お客さまには上手に育てて欲しいと、そう私はいつもお願いしています」
中牟田「そうした感覚も、マツダとすごく近いですね。僕らもクルマをつくる。これは工業製品ではあるけれども、使うほどに愛着がわくのがクルマじゃないですか。ですから、自分たちの子供のように発表して、お客さまには末永く使ってくださいと。実際、『ロードスター』というクルマは、お父さんから子供に受け継がれたりして、本当に長く使ってくださっている方がいらっしゃる。それは本当に嬉しいことで、クルマ屋冥利につきます」
玉川「銅器も使わずに飾っていては、ただ劣化していくだけなんです。やっぱり、お客さんが上手に使うことによって、さらに銅器は生命力を増してゆく。もともと、銅器は家で代々受け継いで使っていくものですから、そういう意味でも魂を込めてつくるわけです」
中牟田「この間、私が玉川堂さんへ行ったら、若い職人さんがまた増えたようで。聞いてみたら、最近は鎚起銅器をやりたいという若い人が増えているそうですね」
玉川「毎年、20~30人の入社希望者がきます。毎年の新人育成は2名が適正人数のため、毎年ふたり採用しています。伝統工芸の世界では、これだけの希望者が集まるのは珍しいといわれますね。私が思うに、今の日本の伝統工芸は、昔と同じことをただ受け継ぐだけの”伝承”工芸のところが多いような気がします。伝承とは、ただ受け継ぐことを指しますが、伝統とは革新を連続させていくことです。
本当の意味での伝統工芸は革新を連続させ、日々挑戦していくこと。伝統工芸も最先端の企業でなければいけません」
中牟田「車のデザインも同じことがいえます。常に革新をしていかないと、次代には受け継がれてゆかない。現状キープではなく、何かを変えてゆく。そのために革新しないと。常識的には“こうですよね”となってしまうところで、“そうじゃないよね”という考え方に立って、もっと前向きにやってみようよ”ということですよね」
玉川「鎚起の職人の場合は、ひとつの器をひとりが一貫して手掛けます。その点、クルマの場合はデザイン、クレイモデル、ハードモデルといくつもの工程があって、それぞれの部署の理想と現実があるわけで、その調整がなにより大変だと思うのですが、マツダさんではどのような事業運営をされていますか?」
中牟田「デザインにしても3人にやらせると、それぞれのオリジナリティがあって三者三様で形が違う。それから金属加工の世界では、この曲線が理想だと思っても、プレスしたら戻ったりするわけです。そうすると、当初の表現が変わってきたりする。もちろん、クルマ一台をデザイン通りにつくろうと思えばつくれます。でも、それを量産車に使うというのは本当に凄いことなんですよ。
嬉しいことに、マツダ・デザイン“魂動”の思想が、全社的に浸透して、最近は生産部のプレスの担当者たちが“何か協力できることはないか”と積極的に声をかけてくれたりします。むしろ、僕らがエンジニアの人たちから“理想はなんですか”“これでいいんですか”と発破をかけられるほどです。それほど、みんな自分たちで何かをつくるんだという思いが非常に強い。それぞれの立場で“魂動”デザインの原点を踏まえた表現をしようと努めてくれています」
――今後、お互いの目指すもの、着地点はどこなんでしょうか。
中牟田「マツダは自動車メーカーですから、クルマをつくってゆくことが原点にあります。でも、どうも日本のデザインというのは、いま何かうまくいってないところがあると感じているんですね。日本の美しいモノをつくるという方がだんだん少なくなっている。ですから、マツダはクルマをつくりながら、日本の文化的なもの、もっといいものを世界に発信したい。そういう啓蒙活動的なこともやっていきたいと思っています。日本古来のものをしっかり見出して、新しいクルマという形に結実させる。ゆくゆくは自動車に限らず、幅広い分野で魂動デザインを形にできたらいいなと思っています」
玉川「今年のミラノデザインウィークにマツダさんが出展された自転車“トラックレーサー”などが、まさに魂動デザインの新しい試みのいい例ですね。本当に必要最小限のパーツしかもたない、きわめてシンプルにして優雅な魂をもったアートといえる自転車です」
中牟田「クルマとは異なる領域のモノに命を吹き込む。クルマはアートだといっているマツダデザインのもうひとつの挑戦です。古来、日本のモノづくりでは無駄な要素をそぎ落とした、シンプルな造形が尊ばれてきた。そのシンプルさには緊張感に満ちた凛としたたたずまいとともに、ほのかな色気の艶がそなわっている。研ぎ澄まされた品格“凛”と、情念に訴えかける色気“艶(えん)”の二面性は、欧米とは異なる日本独自のエレガンスのあり方だと、マツダは考えています。その到達点のひとつ、日本のエレガンスを体現した車がCX-3であり、ロードスターです。そして、凛と艶という日本のエレガンスをクルマとは別のモノで表現してみたのが、ミラノで展示した自転車“トラックレーサー”です」
玉川「海外に行って感じるのは、まだまだ日本の美にしてもモノにしても、ちゃんとした本物は伝わっていないということです。そういった意味では、マツダさんと出会ったのを契機に、日本の美意識の再発見をしながら、モノづくりの真髄をさらに究め、お互いに高め合って世界へ発信し、日本の本物の美を伝えていきたいと思っています」
中牟田「アートの語源は“人の手で造られたものと、その技”を意味するラテン語arsですが、僕らはクルマをアートにしたい。工業デザインを芸術に高めたい。クルマは工業製品ですが、だからこそすごく精緻に作り込むことができるインダストリアル・アートです。同時に日本のモノづくりにこだわって、その成果を世界に宣揚したいと思っています」
取材/佐藤俊一
撮影/小倉雄一郎