新着記事

毎週月曜日更新!「ニャンコ先生の開運星占い」(10/14~10/20)射手座~魚座編

毎週月曜日更新!「ニャンコ先生の開運星占い」(10/14~10/20)獅子座~蠍座編

毎週月曜日更新!「ニャンコ先生の開運星占い」(10/14~10/20)牡羊座~蟹座編

三日坊主で終わらない! 語学学習を続けるコツ

【ビジネスの極意】三日坊主で終わらない! 語学学習を続けるコツ

フィンセント・ファン・ゴッホ《糸杉》1889年6月 メトロポリタン美術館 Image copyright (C)The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY

過去最大級の27か所からゴッホの作品が集合! 本邦初公開の『パリの屋根』も観られる!【ゴッホ展】

既婚者の貯蓄額は5割が500万円以上、独身者は7割が300万円未満

家庭の預金額はいくら? 既婚者の半数が500万円以上、一方、独身者の3割が10万円未満!

主任を勤める五街道雲助(71歳)。昭和43年、十代目金原亭馬生に入門。軽い噺は師匠譲りの顔芸を交じえ、人情噺は締まった口調で演じ、いずれも一級品。

【第87回人形町らくだ亭】12月13日開催/五街道雲助が『夢金』を演じます

親の終の棲家をどう選ぶ?|「もう失敗はできない」母に合った住まいを探す【後編】

親の終の棲家をどう選ぶ?|「もう失敗はできない」母に合った住まいを探す【後編】

親の終の棲家をどう選ぶ?|サ高住から“脱走”した母【前編】

親の終の棲家をどう選ぶ?|サ高住から“脱走”した母【前編】

周瑜~三国分立を生んだ呉の名将【中国歴史夜話 5】

周瑜~三国分立を生んだ呉の名将【中国歴史夜話 5】

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号(クリックで試し読み)

ピックアップ記事

  1. リラックスを追求し、日々を快適にする『シンラ』。103万5000円~(工事費別)。椅子と桶は23年前の新築時に友人から贈られたもの。
  2. 幅60㎝、広い庫内空間と高い収納力で12人分84点に対応する『SMI69N75JP』。年間で水道代・電気 代が約35%節約可能(※)。34万円(ドア面材、工事費別)。 ※(一財)省エネルギーセンター「家庭の省エネ大事典」より
  3. リビングから0.5階上がると、『タタミスペース』が用意される。1階とは違った設えが、暮らしに豊かさをもたらしてくれる。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

趣味・教養

「それでもな、この写真は見えるんじゃ」(壺井栄)【漱石と明治人のことば144】

sousekiKotobaBanner2

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「それでもな、この写真は見えるんじゃ。な、ほら、まん中のこれが先生じゃろ、その前にうらと竹一と仁太が並んどる。先生の右のこれがマアちゃんで、こっちが富士子じゃ。マッちゃんが左の小指を一本にぎり残して、手をくんどる」
--壺井栄

瀬戸内の海べりの一寒村を舞台に、新任の女性教師・大石先生と12人の教え子たちとのふれあいを描きながら、戦争の悲惨さを訴えた壺井栄の名作『二十四の瞳』。

上に掲げたのはその終幕近く。第2次世界大戦の終戦後、連絡のついた者たちが久しぶりに大石先生を囲んで集い、戦地で負傷し失明した教え子の磯吉が、小学校の頃、皆で撮影した記念写真を前に、「今でもこの写真だけは見える」と、指さしながら語っていく台詞である。

何度も見返した思い出の写真だけに、磯吉は確信に満ちて、並んでいる級友のひとりひとりを、人さし指でおさえて見せるのだが、それは少しずつずれている。胸がつまり相槌の打てない級友にかわって大石先生が、「そう、そう、そうだわ」と答えていく。明るい声で息を合わせている先生の頬を、涙がつたっていく。

なんとも切ないシーンである。

壺井栄は明治32年(1899)小豆島で生まれ、地元の小学校卒業後、貧しい家計を支えて村の郵便局や役場で働いた。上京して詩人の壺井繁治と結婚し、宮本百合子や佐多稲子の影響で小説を書き始めたという。

淡泊かつ清楚な性格で、きらびやかな絹より質朴な木綿を好む。島の郵便局員時代は、母の手織りの絣の着物と紺の袴姿で通した。だが同時に、独得の髪形を考案して村娘の流行をリードするお洒落な一面も合わせ持っていた。

あるとき、喉を傷めた壺井栄が思案の末に白い繃帯を首に巻いた。それを見た周囲の娘たちは、最新のファッションと勘違いして真似をした。そんな中国・漢代の「折角」の故事に似たエピソードも残っている。

『二十四の瞳』の物語中、颯爽と潮風を切って自転車で岬の分教場に通う大石先生には、きっと作者自身の姿も映し込まれていたのではないだろうか。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

himekurisoseki-3

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 「秋立つや一巻の書の読み残し」(夏目漱石)【漱石と明治人のことば…
  2. 「年の暮れには追憶を、年の初めには希望を」(幸田露伴)【漱石と明…
  3. 「見果てねど はた見あきねど我が夢は 四十余年の夢多き日々」(滝…
  4. 「子供のために一流の文学者が進んで執筆しなければ嘘だ」(鈴木三重…
  5. 最晩年の谷崎潤一郎が愛する風景を詠んだ歌【漱石と明治人のことば3…
PAGE TOP