今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「ココロノ ヤサシイ オニノ ウチデス。ドナタデモ オイデ クダサイ。オイシイ オカシガ ゴザイマス。オチャモ ワカシテ ゴザイマス」
--浜田廣介
人間と仲よくなりたい赤鬼は、自分の家の前に、上のような立て札をたてたが、遊びにくる者はいない。赤鬼から相談を受けた青鬼は、ひと芝居打つことを提案する。自分が村で暴れるから、君はそれをとりおさえて懲らしめろ。そうすれば、人間たちは君を見直して仲よくなれるに違いない。
狙いはまんまと当たって、人間たちは赤鬼の家に遊びにくるようになる。だが、あるとき、赤鬼は自分の心の中にぽっかりと穴があいたようになっていることに気づく。人間たちと仲よくなったのと入れ違いに、一番の友達だった青鬼が姿を見せなくなっていた。
赤鬼が青鬼の家を訪ねると、こんな張り紙があった。
「コレカラ タビニ デル コトニ シマシタ。ナガイ ナガイ タビニ ナルカモ シレマセン。ケレドモ、ボクハ イツデモ キミヲ ワスレマイ。ドコマデモ キミノ 友ダチ 青オニ」
自分が元のように赤鬼とつきあいを続けていると、せっかく仲よくなった人間たちが赤鬼を疑って、元の木阿弥とならないとも限らない。青鬼はそう思って、どこか遠くへ旅に出てしまっていたのだ。赤鬼は青鬼の友情に心打たれ、涙を流す。
童話作家・浜田廣介の代表作『ないた赤おに』より。私たち人間は、ともすると、外見や先入観にとらわれて相手を見ている。
浜田廣介は明治26年(1893)生まれ。大阪朝日新聞の懸賞新作お伽話1等に入選し、童話作家への道筋を見出していくのは、夏目漱石が没した翌年(大正6年)のことだ。
今日は節分。小児が鬼にぶつける豆の勢いも、面の下の顔が父とわかれば、つい手加減が加わるか。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。