丈衛門ではなく「丈衛門だった男」

A:大嶋さんに、この件について聞いてみました。

僕も最初に台本を読んでびっくりしました。でも丈衛門ではなく「丈衛門だった男」なんですよね。矢野さんが、まるで本当に佐野を心配しているかのように、源内のところにいた人とは別人のように演じてくださって素晴らしく不気味でした。

I:どうしてこんな事件が起こったのか。そこについても大嶋さんが話してくれました。

これは本当に難しくて。ずっと、言語化しよう、言語化しようと思っていて……逃げているわけではないんですけど、やっぱり、わかるようでわからないんですよね。それは今でもわからなくて。あ、この事件ってこういうことね、という風になっちゃいけないことだけはわかるんですけど。やっぱりどうしても佐野の事件を描く時には、今、現代で起きている事件をいろいろと念頭に置きながら作っていました。佐野は、生きづらさだとか、社会的に報われない存在であるとか、コンプレックスの塊だったり、現代のヤングケアラーのような描写もあったりするのですが、だからといって人を殺すのかということなんですよね。殺していいという風にも持っていきたくなかったので……なんでだろうというのは、本当にちょっと申し訳ないですけれど、答えはすぐに出てこないんですよね。逆にいうと、脚本がすごくしっかりしているので、僕がもやもやと悩める自由があるというのは間違いなくあります。そこは森下さんの力ですよね。森下さんが背景も含めきちんとドラマとして作って下さっているので、その中で思い悩みながら作らせて頂いているというのは一番の大前提としてあります。

佐野を引き立てようとした意知(演・宮沢氷魚)。(C)NHK

横浜流星さん、ナダルさんのこと

A:大嶋さんは、さらに横浜流星さんのことを語ってくれました。

流星さんは本当に、すごくストイックな方ですね。さすが大河ドラマの主演を務められるだけあって、気力と体力もすごいし、華がある方で、見ていて目が離せないんですね。わくわくしながら毎回撮らせて頂いています。流星さんは、こうしたらどうかとか、かなりいろんな意見を下さるので、演出そのものにも取り入れさせて頂くこともあります。本当にちょっとした動きだとか、こちらの方が蔦重らしいねとか……例えば蔦重が勢いよく土間に降りる時には、これは履物ははかなくていいですよね、とか、そういう細かいレベルでいろいろとご相談したりしています。確かにその方が蔦重らしいなと思ったりして。もう横浜さんは完全に蔦重ですからね(笑)。横浜さんのシーンで特に印象に残っているのはやはり、鱗形屋(演・片岡愛之助)が蔦重に『塩売文太物語』の板木を渡すシーンですね。第19回ですが、おふたりと少し話をしてから撮影を始めたんですが、リハーサルから本当に素晴らしくて、ちょっと泣きそうになるくらいいいお芝居で、ああもうすぐ撮りましょうという感じになりました。あれにはびっくりしました。やはりここまでおふたりが積み上げてきたものがあるからなんでしょうね。クランクインから始まって、ふたりの関係性が全部浮かび上がってくるような、そんないいシーンでした。いい現場に立ち会わせて頂いたなと感じています。

A:これまでも横浜流星さんのことについて、「ストイック」ですとか「背中でみせるタイプ」というお話はありましたが、やはり誰もがそう感じているということです。

I:第27回では、お笑い界からナダルさんが登場していました。彼についても語ってくれています。新たな「鉱脈」を掘り当てた? という印象を与える話をどうぞ。

ナダルさんに演じて頂いたのは、江戸城内で大名を案内したりする表坊主役で、イメージにぴったりなんですよね。いろんな大名と接するので、すごく情報通なんですね。だから、大名がいろんな情報を知るために袖の下を渡したりするから、すごく裕福なんです。あの、なんでも知っている感じ。ぴったりだなと思いました(笑)。最初に、そういう役なんですよ、とお伝えしたら「僕にぴったりですね! 大得意です~」とおっしゃっていました(笑)。お芝居として、もっと見ていたい、もう1回登場してほしいという声がけっこうあったりして。歩き方の所作なども練習されていて、ご自分のお芝居を構築されていました。視線の置き場所など、確かにこの人物ならこうするな、簡単に信じちゃいけなそうだな、という感じを演じてくださっていました。

A:今回のような演出担当者の取材会は、「未来の大物演出家」に出会えるかもしれないので、楽しみですね。

表坊主役のナダルさん。(C)NHK

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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