『手のひらを太陽に』で作詞家として成功

昭和36年(1961)、NET(現・テレビ朝日)のニュース番組のテーマ曲として、『手のひらを太陽に』(作曲:いずみたく)を作詞しました。この曲は後にNHKの『みんなのうた』で放送されると、子どもたちの間で瞬く間に広まり、大ヒットを記録しました。生命の尊さをシンプルな言葉で表現したこの曲は、世代を超えて親しまれ、今もなお多くの人々に歌い継がれています。

作詞家・詩人としての活動にも力を入れるようになり、昭和41年(1966)に出版した詩集『愛する歌』は女性を中心に人気を博し、シリーズ化されるほどのヒットとなりました。

こうして作詞家としての地位を確立したやなせでしたが、漫画家としての夢を諦めることはありませんでした。新たな挑戦を求め、再び漫画の世界へと歩みを進めていきます。

『アンパンマン』誕生とブレイク

昭和39年(1964)、NHKの教育番組『まんが学校』に講師として出演したことをきっかけに、子ども向け漫画の依頼が増えていきました。

漫画家としての実力を試すため、昭和42年(1967)に『週刊朝日』の懸賞漫画に応募し、4コマ漫画「ボオ氏」でグランプリを受賞。その後、昭和44年(1969)には虫プロ制作の長編アニメ映画『千夜一夜物語』で美術監督を務め、キャラクターづくりの才能を実感することになります。

この経験から、昭和45年(1970)、虫プロのスタッフとともに、かつてラジオドラマとして脚本を手掛けた『やさしいライオン』を短編アニメ化。これが毎日映画コンクール最優秀動画賞を受賞しました。

そして、この頃、やなせの代表作となる『アンパンマン』が誕生します。昭和44年(1969)に「こどもの絵本」シリーズの一話として『アンパンマン』(『PHP』10月号)を発表し、昭和48年(1973)には『キンダーおはなしえほん』(フレーベル館)で『あんぱんまん』を掲載しました。

同時に、雑誌『詩とメルヘン』(サンリオ)を自ら立ち上げ、昭和50年(1975)から『熱血メルヘン怪傑アンパンマン』を連載。その翌年には『それいけ!アンパンマン』(フレーベル館)の単行本が刊行されます。さらには、やなせ自身が脚本を執筆した大人向けのミュージカル『怪傑アンパンマン』も上演されました。

『アンパンマン』の主人公は、空腹の人に自らの顔を分け与えるという斬新なヒーローでした。しかし、編集者や大人の読者からは「子ども向けにしては、内容が難解だ」と言われ理解が得られず、当初はほとんど注目されませんでした。その一方で、0~3歳の子どもたちからは絶大な支持を受けていたのです。

やなせはその反応を信じ、描き続けました。そして、昭和63年(1988)、『それいけ!アンパンマン』が日本テレビ系列でアニメ化。月曜夕方5時という時間帯にもかかわらず、7%の好視聴率を記録し、瞬く間に人気作品へと成長しました。このとき、やなせは69歳でした。

その後、全国放送となり、アンパンマンは日本を代表する国民的キャラクターとなっていきます。

その功績が評価され、平成2年(1990)には『アンパンマン』で日本漫画家協会大賞を受賞。平成12年(2000)には日本児童文芸家協会児童文化功労賞を受賞し、やなせたかしの名は広く知られるようになります。

晩年の活動と社会貢献

平成5年(1993)には最愛の妻・暢を亡くしたことで深い悲しみに暮れながらも、やなせは創作活動を続けました。

平成21年(2009)には、『アンパンマン』のキャラクター数が「単独アニメシリーズに登場する最多のキャラクター数」としてギネス世界記録に認定されました。

その後、平成23年(2011)に発生した東日本大震災では、被災地の復興を願い、「奇跡の一本松」をモチーフにした応援歌を発表し、希望のメッセージを送りました。

そして、平成25年(2013)10月13日、やなせたかしは94歳で生涯を閉じました。その人生は、まさに「愛と勇気」を体現したものであり、多くの人々に夢と希望を与え続けたのです。

まとめ

やなせたかしは、漫画家、詩人、作詞家として多彩な才能を発揮し、『アンパンマン』をはじめとする数々の作品を世に送り出しました。戦争体験や家族の死を乗り越え、子どもたちに愛と勇気を伝え続けました。

特に『アンパンマン』には、やなせ自身が戦争中に最もつらかった「飢え」の体験が反映されています。正義は立場や状況によって変わるものの、どんな状況でも「飢えた人に食べ物を与えること」は絶対の正義である、という彼の哲学が込められているのです。

その理念が支持され、『アンパンマン』シリーズは累計350タイトル以上が刊行され、発行部数は約6,800万部に及びます。その影響力は今もなお衰えることなく、世代を超えて多くの人々に希望と勇気を届けています。やなせたかしの生涯は、まさに「希望の物語」そのものであったといえるでしょう。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文/菅原喜子(京都メディアライン)
肖像画/もぱ(京都メディアライン)
HP:http://kyotomedialine.com FB

引用・参考図書/
『デジタル大辞泉』(小学館)
『日本近代文学大事典』(日本近代文学館)
『日本人名大辞典』(講談社)
『知恵蔵』(朝日新聞出版)

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