古代ローマ人の言語であるラテン語ですが、実は無意識に使っているのをご存知ですか? たとえば、私たちが日常的に使用しているアルファベットも、ラテン語を書くために古代ローマで生まれた文字で、2500年以上も使われ続けています。
X(旧Twitter)で人気のラテン語さんの初著書『世界はラテン語でできている』(SBクリエイティブ)では、世界史、政治、宗教、科学、現代、日本……、あらゆる方面に思いがけずひそんでいるラテン語の数々を解説していて、ラテン語の知識がゼロでも楽しく読めます。
ここでは誰かに話したくなるラテン語トリビアの一部をご紹介します。知らず知らずのうちにラテン語由来の言葉を使っていることに驚き、あらためてラテン語や古代ローマの影響力を感じることでしょう。
文/ラテン語さん
OBなら知っている? ラテン語早慶戦
今現在も市中で見ることができるラテン語の話をしていきましょう。日本においてはヨーロッパほど街中にラテン語があるわけではないのですが、それでもかなり興味深い碑文が数多く存在します。
まず紹介したいのが、慶應義塾大学三田キャンパスの東門にある「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という意味の“HOMO NEC ULLUS CUIQUAM PRAEPOSITUS NEC SUBDITUS CREATUR”です。これは慶應義塾の創設者である福沢諭吉の『学問のすすめ』からのフレーズです。注目すべきはラテン語の正確性で、この大学で教えていた、ラテン語を専門にする先生方がこのラテン語訳を練り上げたと聞きました。
日本語の原文では「天」が主語になっていますが、ラテン語文では「人は誰に対しても上に立つ者として、また下に立つ者として創造されていない」というように、「人」が主語になった受動態の文になっています。これによって、宗教の別なく受け入れられやすい文になっていると思います。また、大学近くの慶應義塾中等部の校舎の壁には「私は道を発見するだろう、でなければ作るだろう(AUT VIAM INVENIAM AUT FACIAM)」と書かれています。これは小セネカによる劇にある台詞が元になっています。
慶應を紹介したので、次は早稲田大学です。早稲田キャンパスの中央図書館の入り口には、「知恵とは何か、読んで学べ(QUAE SIT SAPIENTIA DISCE LEGENDO)」と書いてあります。これは中世に広く読まれた『カトーの言行録』からの引用です。ラテン語文の内容は、図書館にふさわしいものです。
同じく早稲田キャンパスの演劇博物館の入り口には「全世界は役者を演じている(TOTUS MUNDUS AGIT HISTRIONEM)」と書かれていますが、これは16世紀にロンドンで建てられた劇場「グローブ座」に書かれていたラテン語です(現在のロンドンにある同名の劇場は再建されたものです)。ちなみにこのフレーズは、グローブ座で上演されたシェイクスピアの『お気に召すまま』に出てくる有名な台詞「世界は全て一つの舞台である(All the world’s a stage.)」の元になっていると考えられています。
あの施設の名前は、ラテン語が由来だった!
施設名そのものがラテン語由来のものもたくさんあります。実際に見に行くことを想定して、場所について細かく書きました。ぜひ行って、実際に確かめてみてください。
最初に紹介したいのは、東京の大井町駅近くにある、品川区立総合区民会館の愛称「きゅりあん」です。この語源はラテン語で「会堂」を意味するcuriaです。「人が集まり、ふれあうように」との願いを込めて「きゅりあん」と名付けられたとのことです。curiaという名前は特に「元老院議事堂」という意味もあります。
ローマの政治関連の語彙が由来になっている施設名としては、他に東京駅近くの「東京国際フォーラム」もあります。「フォーラム」は英語のforum「広場、討論の場」が元になっていると思いますが、その英語のforumはラテン語forum「公共広場、市場、裁判」の綴りを変えずに英語に取り入れたものです。ちなみに古代ローマにあったForum Romanum(フォルム・ローマーヌム)という大きな広場は、その跡地が現在でも残っており、イタリア語でForo Romano(フォロ・ロマーノ)として一大観光地になっています。
また古代ローマのforum「公共広場」では裁判も行われていたためラテン語のforumに「裁判」という意味があり、さらにはforumが語源になっている英語のforensicは「犯罪科学の、法廷の」という意味になっています。
興味深い由来はまだまだあります。施設名ではないですが同人誌の展示即売会「コミティア」も、古代ローマの民会を指すcomitiaが元になっています。「コミック」が元ではないのです!
東京国際フォーラムと同じ山手線沿線では、港区立男女平等参画センターの愛称「リーブラ」は、ラテン語の「天秤(libra)」が元になっており、男女平等を目指す施設名にぴったりなネーミングになっています。
施設の役割つながりでいうと、福岡市男女共同参画推進センターの愛称「アミカス」は、ラテン語の「友達(amicus)」が元になっています。公共施設では、他にも東京の新宿中央公園内にあるSHUKNOVA(シュクノバ)が挙げられます。シュクの部分は新宿の「宿」、NOVAの部分はラテン語で「新しい」という意味で、新宿の「新」とかけています。
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世界はラテン語でできている
著/ラテン語さん
SBクリエイティブ 990円
ラテン語さん(らてんごさん)
ラテン語研究者。
栃木県生まれ。東京外国語大学外国語学部欧米第一課程英語専攻卒業。ラテン語・古典ギリシャ語の私塾である東京古典学舎の研究員。高校2年生でラテン語の学習を始め、2016年からX(旧Twitter)においてラテン語の魅力を毎日発信している(アカウント名:@latina_sama)。研究社のWEBマガジンLinguaにて隔月連載中(シリーズ名:名句の源泉を訪ねて)。ラテン語を読むだけでなく、広告やゲームなどに使われるラテン語の作成や翻訳も行っている。