I:さて、漢詩の会では、藤原行成、斉信、道長の順に漢詩が披講されました。実際にはいずれも白居易の作でしょうか。

A:そして最後に藤原公任の作が披露されます。「一時に境を過ぎて俗物なく、いうなかれ醺醺(くんくん)として漫りに醉吟(すいぎん)せるを」は、実際の公任の作ではないでしょうか。時代はもう少し後になりますが、道長が権力を掌握した後に開催した漢詩の会で披露された作かと思われます。

I:このあたりの展開が絶妙ですよねフィクションの場面にしっかり実際の作を入れ込んでくる。そして、感想を求められたまひろが「公任さまのお作は唐の白楽天のような詠いぶりでございました」ときます。

A:それを受けたききょうが「私はそうは思いません」と言ってしまって、場が緊迫します。ききょうは、「むしろ、白楽天の無二の親友だった元微子のような闊達な詠いぶりでした」とまひろの意見を全否定。この場面めちゃくちゃ面白かったです。『紫式部日記』には、「清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人(清少納言は実に得意顔をして偉そうにしていた人です)」と、清少納言評を綴った有名な個所がありますが、まさにまさにという感じになりました(笑)。

I:中古文学ファンの方々は、この場面、どのような感想を持たれたのでしょう。気になりますね。さて、この緊迫した場面から、場は道隆の「演説」に転じます。参加した若手貴族らを前に「この国をやがて背負って立つ若き者たちが、何を願い、また何を憂いておるのか。この道隆、深く心に刻んだ」と一席ぶちます。

A:酒席で若者たちを味方につけるのか、漢詩の会で若者たちの心を揺さぶる話をぶち上げるのかということですが、いずれにしても、人が集まっているところで語る場合は、聞く人たちの「気づき」になるような話、なんとなく「鼓舞」されるような話が求められるという話になりました。僧侶なら法話、学校の先生なら講話、会社などでは訓示……。人の上に立つ人物は、常に聞く人に「気づき」を与える話をすべきである、という「訓示」のような場面でしたね。

I:実際に苦も無くそういうことができる人がいますし、会議の前日に必死でネタを考える人はいますよね。ところで、道長が披露した漢詩ですが、訳文が「下賜の酒は十分あるが、君をおいて誰と飲もうか、宮中の菊花を手に満たして、私はひとり君を思う。君を思いながら、君の傍らに立って、一日中君がつくった菊花の詩を吟じ空しく過ごした」です。これは、明らかにまひろに向けてのメッセージですよね?

A:さて、ふたりの関係がどうなっていくのか、倫子との関係も含めて楽しみですね。

※『蜻蛉日記』『栄花物語』の原文、訳文はすべて『新編 日本古典文学全集』(小学館)の当該巻からの引用です。

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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