信康の切腹事件に思うこと
I:さて、小手伸也さんのお話はさらに続きます。印象に残っているシーンについて、こう語ってくれました。
第25回で若殿(松平信康/演・細田佳央太)が自害してしまうシーンは特に心に残っています。忠世は守りの要として留守居を任されることが多い、言わば「二軍のキャプテン」的ポジションなので、最前線で起こった出来事を後から聞くケースも多かった中、信康様の死は、自分が預かる二俣城で、目の前で起こった出来事でもあったので……。それをどうすることも出来なかった苦しさが凄くありました。忠世が実際に小田原城主となった後も、殿がそうしたように忠世もまた信康様を弔うためのお寺を建てていまして、それはきっと悔恨の念以上に、信康様に対する敬愛と、殿のお心に生涯寄り添い続けた忠世の忠心があったのだろうと思います。
A:小手さんのお話を補足すると、小田原城主となった大久保忠世が松平信康を供養するために建立したのが萬松院。今も小田原市内にあり、数年前に信康の供養塔が新たに建てられています。小田原市内には忠世の墓地もありますね。小手さんのお話はさらに続きます。
史実では、大久保氏には兄弟が多く、長男の忠世を始め皆徳川家に仕えていました。忠世の世話好きはそうした長男気質もあったのでしょうが、今作においてはその関係性を平八郎(本多忠勝/演・山田裕貴)や小平太(榊原康政/演・杉野遥亮)、万千代にも投影させてもらいました。なので、彼らが話す時は大抵そちらを見ています。肩を叩いたり抱き合ったりしたのは自然な感情から出たアドリブが多く、やっていて楽しかったです。
今作の魅力のひとつは、家臣団の群像劇だと思っています。それぞれ異なる良さを持つメンバーが、時に衝突しながらも「殿のため」という共通の思いを持って進んでいく。協力して乱世を生き抜いていく人間模様の面白さがあると思うので、忠世もそのピースのひとつになれていたら本望だなと思います。
I:小手さんが忠世には兄弟が多かったというお話をしてくれたので、補足したいと思います。小手さんが演じた忠世は嫡男。次弟の忠佐(ただすけ)も沼津藩主となります。一方で三方ヶ原などの合戦で忠寄など3人の弟が若くして討ち死にしています。徳川家の軌跡をまとめた『三河物語』の著者で時代劇では「天下のご意見番」として登場することもある大久保彦左衛門忠教も忠世の弟になります。小手さんのお話は第37回で家臣団が「心はひとつだ!」と盛り上がった場面に続きます。
最後、殿に対して「ありがとうございました」と頭を下げるシーンは、本当に感無量でした。これまでも、第1回で殿が久しぶりに岡崎に戻ってきて、家臣団が宴を開いたシーンを時々思い出すことがあったのですが、まさに第37回の撮影中も、ふと思い出していました。艱難辛苦を共に乗り越え、笑ったり泣いたり怒ったりと一緒に年を重ね、殿の変化を近くで見守ってきたんだなと思うと、心底ぐっとくるものがありました。
放送を見ていても、自分たちのアルバムをめくっているような、不思議な気分になるんです。1年以上に渡る撮影で同じ役を演じ続けたのは今作が初めてでしたが、人生を演じるというのは本当に面白く、役者冥利に尽きる仕事だったなと、改めて思いました。僕はこの作品を通じて大久保忠世として生きられたことを誇りに思いますし、忠世で良かったと心から思っています。この出会いを一生忘れることはないでしょうし、松本潤さんをはじめ、全ての共演者、関係者の皆さまには感謝しかありません。
無事クランクアップを迎えましたが、もうこの現場に来られないんだと思うと、純粋に寂しいです。これからは一視聴者として徳川の未来を最後まで見守っていきたいですし、引き続き撮影を続ける仲間たちを心から応援したい気持ちです。それはきっと、その後小田原にて天寿を全うした大久保忠世公が、あの世で殿の身とその行く末を案じながら、生き残った家臣団の皆を叱咤激励するような、そんな気持ちとどこか近しいような気がしてなりません。
殿! 皆も! 忠世は幸せ者にございましたぞ! 心より、感謝申し上げる!
A:家臣団がひとり抜けふたり抜け……。なんだか寂しいですね。ちょっとここで思ったのですが、総集編は、「家臣団総集編」と「家康のおんなたち総集編」とわけてほしいです。
I:なんという不躾なリクエスト(苦笑)。
A:制作陣の高等テクニックを駆使すればできるはずです。通常バージョンとの3パターン。大河ファンを驚かせる施策があってもいいような気がするんだけどなぁ。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。
●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり