文/鈴木拓也

江戸時代には、日本各地に約300の藩が存在していた。藩主たちは、おおむね泰平の世を謳歌したが、なかには改易(領地没収)の憂き目に遭う者もいた。

藩主は世襲が前提。世継ぎがいないまま死去すれば、ほぼ自動的に改易に処せられた。そのため、主家を失った多くの藩士が浪人となり、社会不安が増大した。

慶安4年(1651)、兵学者の由井正雪は、生活苦に陥った浪人を糾合して幕府転覆を図ろうとした。この企ては未遂に終わったが、以後幕府は改易に慎重になり、よほどのことがない限り、この処断に訴えることはなくなった。

しかし、そのよほどのことが何度か起き、そのたびに幕府は熟慮の末、事件の当事者を取り潰した。

そうしたエピソードを1冊にまとめた書籍が、『大名廃業 お取りつぶし・お家断絶の裏側』(彩図社)だ。あまり知られない裏面史を著したのは、歴史家の安藤優一郎さん。専門的になりがちなテーマを軽快な筆致で解説し、江戸時代の歴史に興味がある方なら、おすすめしたい1冊だ。

参考までに内容の一部を紹介しよう。

喧嘩両成敗で両者とも御家断絶

延宝8年(1680)5月、4代将軍家綱が逝去した。後を継いだ綱吉が、家綱の葬儀と法要を執り行うことになった。

法要は、増上寺で執り行われることになった。ここで警備役を務めた鳥羽藩主の内藤忠勝が、事務方の丹後宮津藩主の永井尚長を刺殺した。

両者の江戸藩邸は隣同士にあったが、お互い揉め事が絶えなかったという。法要の当日、尚長は忠勝に対して皮肉を言うなどし、腹に据えかねた忠勝は凶行に及んだ。

幕府は、忠勝に切腹を命じ御家断絶としたが、尚長にも非がありと判断。永井家も御家断絶となった。喧嘩両成敗の原則を当てはめたのである。安藤さんは、「内藤家のみ改易としては、家臣たちの恨みが永井家に向けられることを恐れ」、両者を罰したのではないかいう。

ただ、永井家については、その後で御家再興が許され、尚長の弟直圓(なおみつ)に大和新庄藩を立藩させ一件落着となった。

出家して幕政を批判して改易

大名が、幕府を公然と批判することは改易のリスクを伴った。

しかし、これを堂々と行った人物がいる。名前は松平定政と言い、家康の甥の1人であった。若い頃に家光の小姓として仕え、慶安2年(1649)に三河国刈谷藩主となった人物である。

その2年後、家光が逝去。この頃はまだ、主君が死去した際に家臣が殉死するか出家することが広く行われていた時代であった。

定政は、藩主の座を退いて剃髪し出家の身となったが、これが問題となった。出家や隠居は事前に幕府に届け出て、許可を得る必要があったが、それをしなかったからである。

三河国刈谷は改易となるが、実はこれが定政の目的であったという。安藤さんは次のように説明を加えている。

所領2万石を返上して旗本の救済に充てて欲しいと幕府に願い出たのである。当時旗本が困窮していたことが白日のもとに晒された格好だ。定政は時の幕閣を批判する上書(じょうしょ)も提出する。そして江戸市中を托鉢して回った。(本書118pより)

家康の甥が、このような行為に及んだことは、当然ながら幕府も看過できることではなかった。改易の処分が下されたが、乱心によるものと理由づけた。そして「批判を無視するスタンス」をとったのである。

武力衝突の末に改易するも御家再興

言論はともかく武力で幕府に楯突くことは、御家断絶の処分が当然であった。しかし、江戸時代も最末期になると、改易ではなく「事実上の減封処分」にとどまる事例が続出した。

慶応4年(1868)に始まった戊辰戦争において、明治新政府に抗戦した奥羽越列藩同盟は、東北・越後の31藩からなる連合軍であった。しかし、足並みの悪さも相まって降伏する藩が相次ぎ、最終的には崩壊する。

新政府は、同盟の25藩に対して改易の処分を下す。しかし、改易してすぐに御家再興が許され、禄高を減らされたうえで所領が与えられた。藩主は隠居を命じられたが、親族が新たな藩主として相続することが認められた。例えば次のような形である。

同盟諸藩で最大の石高62万石を誇った仙台藩は所領と仙台城が没収されたが、同時に御家再興が許され、新知として28万石が与えられた。仙台城も返された。差引34万石の減封処分であり、藩主伊達慶邦の実子亀三郎(宗基)が相続を許されている。(本書144pより)

御家再興が果たされたといえ、諸藩が存続したのは数年も満たなかった。明治4年(1871)に廃藩置県が断行され、藩も大名もすべてが消滅したからである。

【今日の教養を高める1冊】
『大名廃業 お取りつぶし・お家断絶の裏側』

安藤優一郎著
彩図社

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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