そして、瀬名と信康の死……。
A:一方の信康もなんやかんやで、七之助(演・岡部大)の意見も聞かずに、突然自ら腹を切りました。
I:驚きました。なぜ家康のお膳立てをしっかり遂行しようとしないのか、ちょっと憤りにも似た感情に襲われました。その一方で、瀬名の最期は美しい映像でまとめられました。
A:瀬名の最期の場所は、実際に瀬名こと築山殿が斬られたと伝承される佐鳴湖という設定でした。築山殿の首をはねた刀の血を洗ったとされる大刀洗池の石碑が、今も佐鳴湖の近くに残っているそうです。浜松は何度も訪れていますが、ここはまだ行ったことがありません。瀬名の生涯に思いを馳せるために、足を運んでみたいです。
I:また、うなぎとか餃子とか、うなぎパイとかっていうのですよね。
A:もちろんです。そして、今回は『どうする家康』で、唯一新設された浜松の大河ドラマ館にも足を運ぶつもりですよ。
私たちが見ていたのは「夢か幻か」……。
I:このとき家康は、絶叫してその現実を受け止めることができない様子でした。そんなことなら、手ずから助け出せばいいのに、と思いながら、少しいらいらして「家康、瀬名を助けてあげて!」と口に出して見てしまいました。でも、フラッシュバックで、これまでの家康と瀬名の思い出が次々と映し出されると 、やっぱり涙でしたね。
A:感動的な演出だったということですね。
I:なんとか、瀬名たちを生かす方法はなかったのでしょうか……。
A:確かに瀬名が生き永らえたという設定もありかもしれなかったですね。2001年の大河ドラマ『北条時宗』では主人公時宗(演・和泉元彌)の庶兄時輔(演・渡部篤郎)が、実は殺害されずに生存していたという設定でした。赤いマフラーのようなものを身にまとっての登場は衝撃的だったのを記憶しています。大河ドラマでもそのような前例があります。ちなみに北条時輔を演じていた渡部篤郎さんは『どうする家康』では瀬名の父・関口氏純を演じました。奇縁といえば奇縁。
I:今回の築山殿事件の描写についてはファンタジー過ぎるという声も聞かれたそうです。そうした声を聞いて、ふと思ったのです。事件の発端となった築山は、草花が絶えない桃源郷のような雰囲気の美しい場所でした。信長が舞った「敦盛」の一節〈夢幻の如くなり〉が聞こえてきそうな……
A:つまり先週から私たちが見ている「築山殿事件」は、「夢であり、幻である」と……。
I:確実なのは、瀬名と信康が亡くなったということ。これまで伝承されてきたエピソードは瀬名を悪玉にしたものばかり。つまり真相は誰にもわからない。だとしたら、夢、幻のような展開になってもいいのではないかと思ったのです。
A:なるほど。確かにそう考えると腑に落ちます。瀬名の「戦国ユートピア構想」や武田と徳川の偽合戦も「夢であり、幻」だったとすれば、こんなに斬新で高等な演出はない。築山は最初から幻想的な雰囲気を醸し出していましたが、瀬名の物語を「夢・幻」で展開する舞台装置だったとしたら、これは凄い演出ということになります。
I:坂本龍馬を描いた司馬遼太郎さんの小説『竜馬がゆく』が「龍馬」ではなく「竜馬」であるということに似た「トリック」だったのかもしれません。
A:当欄では再三にわたって「大河ドラマは壮大なるエンターテインメント」といってきました。そう考えると、今回の築山殿事件の演出はまさにそれ。振り切った設定が「築山殿事件」の真相究明の議論を深めることになったとすれば、是とすべきでしょう。
I:次回いよいよ家康が月代を剃って登場するのが予告映像で明らかになりました。後半戦は、よりスピーディーな展開になりそうです。本当に楽しみですね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。
●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり