大隈重信(演・大倉孝二)に論破される渋沢栄一(演・吉沢亮)。背景の紅葉が美し過ぎる。相変わらず美術スタッフの仕事はすごい!

新政府からの要請を受けた渋沢栄一が東京への出仕を決めたのは、「徳川のため」だったのか? コミカルな演出の奥底に潜む実像を語ろう!

* * *

ライターI(以下I): 第28話では、渋沢栄一(演・吉沢亮)が新政府から出仕を求められる場面が目を引きました。コミカルな演出でわかりやすかったですし、楽しんでみることができました。

編集者A(以下A): 勢いがありましたから、ぐいぐい引き込まれましたね。面白かったです。でも実際はもう少しスリリングな展開だったのではないでしょうか。渋沢本人も書き残しているように、出仕の要請を断るつもりでいたようです。

I:やっぱり新政府の奴らなんぞにしっぽをふれるか、って感じだったのですかね。

A:そういう思いがまったくなかったわけではないと思いますが、背景には新政府の人材難がありました。行政の実務を担っていた旧幕臣が静岡に大勢移住してしまったわけですから……。新政府は静岡の旧幕臣をどんどんリクルートして、新政府で働いてもらいたいと思う。でも彼らの旧主徳川慶喜(演・草彅剛)は未だ謹慎の身。旧主が謹慎しているのに新政府に出仕するわけがないっていうことで、慶喜の謹慎が解かれた側面もあります。

I:確かに静岡には多くの人材がいたかもしれません。さらに、渋沢がかかわった「商法会所」のほかにも江戸の開成所の後身である静岡学問所に加えて、沼津兵学校なども開校しました。最高学府が江戸から静岡に移動したわけです。とりわけ沼津兵学校には全国から学生が集まったそうですから、新政府も顔なしですね。

A:そういう状況なら新政府は静岡を警戒しますよね。この時期、徳川慶喜を担いで新政府を転覆させようと目論む人たちがいたようですから、劇中で交わされたように、出仕要請を断ったら何か疑われるのではないかということは実際にあったのでしょう。

I:劇中ではコミカルな演出になっていましたが、実際にはかなりシリアスなやり取りが行なわれたんでしょうね。

A:渋沢も「君が仕官を承諾せぬ事になると、慶喜公が人材を惜しんで明治政府の意思を拒んだということになる。慶喜公の御本心はそうでないとしても、これがためかえって誤解を招き、御迷惑をかけるようなおそれがないでもなかろうか」と大隈重信(演・大倉孝二)から言われたと書き残しています。

I:とはいえ、「日本中から今、八百万の神々が集まるのも同じ。君もそのひとり。せっかくの知識を静岡藩だけでなく、日本のために使うてほしか」という「八百万」のくだりは、渋沢、大隈両名とも同様の話を書き残していますから、実際にああいうやり取りはあったのでしょう。

A:大隈重信は「説伏するのはなかなか難しかったが、我輩は、八百万の神が寄り合って新日本を作るのだから。君もひとつ神様になってくれいといってついに承諾さした」と言ってますね。

I:総じて、面白い展開でしたが、「であーる」の連発は少しうっとうしかったです(笑)。ちょっとやり過ぎかと。昨年も摂津晴門役の片岡鶴太郎さんの演技が大げさだという指摘もありましたから、ひとりそういうトリックスターを出すのが「大河の恒例」なのかもしれませんね。

徳川慶喜はこれで見納めなのか?

I:さて、渋沢は慶喜のもとに報告に行きますが、この時、渋沢は「新政府は瓦解するかもしれないから、力を蓄えておこう」という意味のことを慶喜に言います。慶喜は、駿府には岩倉具視(演・山内圭哉)が放った密偵がうようよしている、とさえぎり、「これが最後の命だ。渋沢、これからは日本のために尽くせ」――。まるで今生の別れのような台詞でした。もう慶喜は出て来ないのでしょうか。

A:渋沢栄一は終生、慶喜の復権に尽くしました。ですから今後も登場しても問題ないのですが、現実の慶喜は、謹慎が解かれたとはいえ、徳川宗家の家督は田安亀之助に譲っていて、生活はすべて徳川宗家から面倒を見てもらうという不自由な暮らしを強いられました。経済的に独立して、自由になったのは後年、渋沢の設立した会社の株を分けてもらい、その配当を得られるようになってからだそうです。そうした「慶喜苦難の明治」は展開したくないのかもしれません。

I:正室の美賀子(省子。東京に戻ってから美賀子に改名/演・川栄李奈)とも再会を果たしていい感じでしたけどね。

A:慶喜は静岡でふたりの側室であった新村信、中根幸との間に計15人の子供をもうけます。いずれも美賀子の子供として育てたそうですけども……。明治の慶喜は、政治的野心を一切見せずに絵画や写真撮影、サイクリングなど趣味の世界に没頭したといいます。新政府に異心のないことを慶喜なりに表していたのだと思うと、感慨深いです。

I:幕府の警戒心を解くためにバカ殿のふりをしたといわれる前田利常とか、京都山科で遊び呆けたといわれる大石内蔵助が頭に浮かびますね。

久方ぶりに再会したふたりだが……。

「徳川のため」から「お国のため」へ変化する過程

A:紆余曲折があって、結局、新政府に出仕することになった渋沢篤太夫改め栄一ですが、伊藤博文(演・山崎育三郎)と意気投合する様子が描かれました。実際に両名は、長く蜜月関係を築きます。

I:よっぽど馬があったのでしょうね。そのきっかけが幕末にお互い「焼き討ちを計画したり、実際に焼き討ちの経験があったか」という風に描かれていましたが、こういう関係の人物に出会えたことは渋沢はやっぱり幸運でした。

A:やはり、誰か引き上げてくれる人がいるか、馬の合う人がいるかは、立身の重要な要素であるということを改めて思い知らされますね。来週以降、展開されると思いますが、そこに「そりの合わない人」が加わって、人間模様は複雑になる(笑)。上に「そりの合わない人」がいると最悪なわけですが、その「そりの合わない人」権力者、大久保利通(演・石丸幹二)が……。

I:(続きを制止して)、今週はそこまで言ったらダメですよ。

A:あ、はい。しかし、「徳川のため」と言っている渋沢もやがて「お国のため」になっていく。それは渋沢だけでなく「お家のため」「藩のため」といっていた世の中が総じて「お国のため」に変化していく。どのようにそうなったのか、描いてくれますかね?

伊藤博文(演・山崎育三郎))と渋沢栄一、なぜここまで馬があったのか

●大河ドラマ『青天を衝け』は、毎週日曜日8時~、NHK総合ほかで放送中。詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/

●編集者A:月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。函館「碧血碑」に特別な思いを抱く。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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