文/印南敦史
『昭和レコード超画文報1000枚』(チャッピー加藤 著、303 BOOKS)の著者は本書の冒頭で、かつて見かけた「ジュークボックス」の話題に触れている。
100円硬貨を入れて好みの曲のボタンを押すと、そのレコードを自動演奏してくれる懐かしのマシン。サブスク全盛の現代では考えられないほど手間がかかったわけだが、「安価でフルコーラス聴けるジュークボックスはとてもありがたい存在だった」という著者の気持ちはよくわかる。
子どもだったあのころは私もまた、聴くための手段がほとんどない状況で音楽を求めていたからだ。だから、ジュークボックスに関する以下の記述にも共感できたのだった。
小学生のとき、私は思った。「大人になって、まとまったお金が入ったら、この中に入っているレコードを全部買おう」。約20年後、大人になった私は、その計画を実行に移した。その頃、高円寺に住んでおり、近所にやたらと品揃えが充実している(特に50円、100円の廉価盤コーナーが)中古盤店があったのだ。(本書「はじめに」より引用)
著者は1967年生まれだそうだが、少し年上の私は地元が荻窪で、2駅先の高円寺にも日常的に通っていた(いや、現在もだ)。だから、その中古盤店がどこであるかもなんとなく想像がつくし、店内ですれ違っていた可能性も大いにある。
そのため「いつしか所有枚数は1000枚を突破し、気づけば5000枚に達していた」という話も他人事とは思えず、妙な親近感を抱いてしまった。レコードに対する執着心も、大いに理解できる。
違いがあるとすれば、それは「集め方」だ。著者と同じように中学生時代からレコード集めに勤しんだものの、高校2年生のとき家が火事になりすべてを失った私は、その後数十年にわたって“あのときの(わずかな)コレクション”の再構築と、そこにプラスアルファを加えることを目的としてコレクションを続けた。
その一方でヒップホップにもハマってしまったため、ヒップホップやR&Bの12インチ・シングルを集めるようにもなっていった。
もちろん、懐かしさやジャケのおもしろさを自分にとっての基準として、リアルタイムで体験してきた昭和歌謡の7インチ・シングルもいまなお集めてはいる。が、それはいつのころからか“ヒップホップの近くにあるサブ的なもの”となっていったのだった。
だから昭和レコードのコレクションは少ないし、このジャンルに関しては“極めた感”がまったくないのだ。
そんなこともあり、本書(と、そこにかけられた思い)には感服するしかなかった。
5000枚の中から1000枚を選び、ジャケットをすべて撮影。1000枚分の解説を書くのはかなりの荒行だったが、レコード愛が詰まった素敵な本が完成したと自負している。(本書「はじめに」より引用)
私も過去に数冊のガイドブックをひとりで書いたことがあるので、この気持ちはとてもわかる。おそらくご自身にとって、本書は子どものようなものなのではないかと思う。
ちなみに著者は構成作家で、現在はニッポン放送において、土曜朝のリクエスト番組『八木亜希子LOVE & MELODY』やスポーツ番組などを担当しているのだという。つまりは趣味と実益を兼ねているともいえそうだが、「部屋が中古レコード店状態」になり、多くの人に聴いてほしいという思いから、歌謡DJ活動もしているというあたりからも、借り物ではない熱意を感じることができよう。
そして当然のことながら、その熱は本書にもしっかりと反映されている。基本的にはジャケット写真と解説だけで構成されているのだが、特徴的なのはその“選び方”だ。
1000枚は年代バランスを考慮することなく、“曲重視”で選ばれているのである。だが結果的には、それが奏功したようだ。とかくこの手の書籍はアカデミックになってしまいがちだが、妙な決まりごとがないぶん、写真集を眺めるような感覚で楽しめるのである。
だから時代性を反映したジャケット写真を見るたびに、「ああ、こんな曲があったなあ」「この曲が流行っていたころ、あんなことをしていたっけなあ」などと、さまざまな記憶が蘇ってくる。
意外な発見もある。たとえば私が驚かされたのは、喜納昌吉&チャンプルーズ『ハイサイおじさん』だった。大好きな曲でアルバムもよく聴いたが、シングル盤のジャケを、かの赤塚不二夫が描き下ろしていたとは知らなかった。
さらにいえば、各曲に関する著者の視点もユニークだ。クリスタルキング『大都会』が「日本の『ボヘミアン・ラプソディ』」だなんて考えたこともなかったが、いわれてみればたしかにそうかもしれない。
不思議なもので、ページをペラペラめくっていると、たまたま目についた楽曲が、いつの間にか頭の中に響いていたりする。
つまり、それが昭和レコードの力だ。ジャケットを、そして歌手名と曲名を確認するだけで記憶が蘇ってくるほど、当時の楽曲には説得力があったわけである。
本書を通じ、「あのころ」に思いを馳せてみてはいかがだろうか?
『昭和レコード超画文報1000枚』
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。