取材・文/柿川鮎子 写真/木村圭司
冬鳥が渡り、桜も散って、そろそろ夏鳥の動向が気になってくる頃ですが、日本に渡ってくる代表的な夏鳥といえば、そうツバメです。
ツバメは、台湾やフィリピン、マレーシアなどで冬を過ごし、春になると日本に渡ってきて子育てをします。
今来たと顔を並べるつばめかな 小林一茶
燕や何を忘れて中(ちゅう)がへり 中川乙由
盃に泥な落しそむら燕 松尾芭蕉
乙鳥(つばくろ)や赤いのれんの松坂屋 夏目漱石
……など、ツバメを詠んだ句は多く、古来日本人がツバメに親しみ、愛情をもって接してきたことがわかります。でもなぜ、私たち日本人はこんなにもツバメに心惹かれるのでしょうか。その魅力の理由を改めて考えてみましょう。
■美しい外見と優れた飛行能力
ツバメは、何よりもまず見た目が素敵です。燕尾服の語源になっているような白黒はっきりした美しい体の色や、スッキリしたフォルム。でもそれだけではありません。平均時速50キロ、サッと空を切る、飛行能力の高い実力派であるところもまた魅力的ですね。
平安時代の雅語(がご、和歌などに使われるみやびな言葉)には「濡れ燕」という言葉がつくられ、雨に濡れるツバメの黒い羽根色を美しく表現しました。「土喰うて虫喰うて渋うい」と聞こえる鳴き声も可愛らしく、古くから日本人に愛されてきました。
■働き者で子育て上手な仲良し夫婦
また日本人がツバメを愛する理由の一つに、人間の生活圏内で子育てをするという習性があげられます。人の近くで営巣すれば、蛇やイタチなど肉食動物が近寄ることができません。農村部ではツバメが稲につく害虫を食べてくれることから、軒下に営巣用の板を設置するなど、大切に守られてきた歴史をもっています。人の近くで子育てをする姿が観察できる、貴重な野鳥なのです。
このツバメの子育てが健気で、雄と雌が協力しながら子育てをします。雄が抱卵する育メンぶりと、かわるがわる餌を運んで雛に与える姿は感動的。ヒナは多い時には一日100匹程度の虫を食べて育ちます。巣には5羽前後の雛が育ちますから、一日あたり約500匹の虫を、父親と母親が引っきりなしに与えます。その姿を見た日本人は、ツバメを「働き者で子育て上手な仲良し夫婦」の象徴としました。
ツバメ柄は、ツバメのように夫婦そろって働き、二人で協力して子育てをする、家庭円満のおめでたい柄として好まれました。さらに江戸時代になると、ツバメが恋を運んで飛んでくるという言い伝えが広まり、結婚前の若い女性の着物柄としても人気を集めました。
夫婦円満ではありますが、ツバメは離婚もします。雄が先に日本に渡ってくると、妻を待って同じ夫婦で子育てをしますが、雌が先に帰ると別の夫と再婚してしまうという論文が発表されました。女性は悠長に待っていられない、というのはどこの世界も同じなのかもしれません。
■都心から姿を消したツバメはどこへ?
そんなツバメですが、1980年代までは東京駅、上野駅、秋葉原駅ほか国鉄時代のたくさんの山手線駅構内で巣が観察できました。しかし2016年に確認されたJR駒込駅改札での営巣が、山手線での最後の一つになってしまいました。駅が改修されてツバメが巣作りできる場所が減ってしまったり、再開発により餌となる昆虫が減ってしまったことが主な原因です。
とくにツバメの巣には泥が必要ですが、都心部ではそれら巣材が手に入りにくくなっています。ヒヨドリやコゲラなど都心部に進出してくる野鳥がいる一方で、ありふれた存在であったツバメが都会から姿を消しているのは残念でなりません。
山手線での営巣は減ってしまいましたが、最近は高速道路のパーキングエリアなどで営巣するツバメが目立っています。郊外のマンションでも営巣を見守って駆除しないように守る管理組合が増えました。
段ボールに新聞紙を乗せてフンよけにしたり、カラスの侵入を防ぐ目の粗い網の設置は、日本人にとってはありふれた光景ですが、外国人愛鳥家にとっては大変感動的に見えるようです。「野鳥保護が民間レベルで徹底している」と、フンよけの新聞紙の写真を熱心に撮影していました。
■ツバメの群を観察したいなら「ねぐら入り」を狙え
山梨県の談合坂パーキングエリアでは、巣立った若鳥が集団でやってきてねぐらとしている姿を観察することができます。最近はこの集団でねぐら入りする姿を観察する会が各地で開かれるようになりました。
日本野鳥の会では毎年7月に多摩川でのねぐら入り観察会を開催しています。他にも群馬県の多々良沼、横浜市の境川遊水地公園、さいたま市芝川第一調節池などでもねぐら入りが観察できます。1万羽を超す大群が空を舞い、ねぐらとなる葦や木にとまる姿は圧巻です。
多摩川ではツバメのねぐらを確保するために、ボランティアが葦を保護しています。河原を整備し、葦原の保全を地道に続けてきました。
日本人にとってツバメは格別な想いが込められた野鳥の一つ。最近ではツバメだけに寄生する虫の存在なども明らかになってきたほか、10月に台湾に渡るツバメ観察ツアーも人気で、ツバメに関する話題は尽きることがありません。もし野外でツバメを見かけたら、しばし足を止めて、その美しい飛翔を眺めてください。
文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)、編集協力『フクロウ式生活のとびら』(誠文堂新光社)ほか。
写真/木村圭司