文/澤田真一

16世紀日本に深く関わった宣教師ルイス・フロイスは、自らの酒量をコントロールできない日本人について細かく記述しているが、当時の戦国大名にとっても、酒は味方でもあり、敵でもあった。

そんな戦国大名と酒をめぐるエピソードをいくつかご紹介しよう。

■1:小早川秀秋――関ヶ原の裏切りは酒びたりのせい?

関ヶ原の戦いにおいて西軍を裏切り、東軍の勝利を決定づけたことで知られる小早川秀秋。この人物については、長らく「優柔不断」という評価が下されてきた。その理由はやはり、関ヶ原の戦いにおける「裏切り」の過程だ。

西軍につくか東軍につくか、ギリギリまで悩み、結局は徳川家康の脅しに屈する形で東軍に加勢した。だがこれについて、最近では「肝疾患のせいで決断が遅れた」という新説が浮上している。

秀秋は関ヶ原の戦後、若くして命を落としているが、これは幼い頃からの飲酒による肝硬変ではないかという見方は以前からあった。それに加味する形で、関ヶ原当時からすでに体調が芳しくなく、肝性脳症を抱えていたのではと推測されているのだ。

肝性脳症とは、肝機能の低下により血中のアンモニア濃度が高くなる症状だ。患者は見当識障害や言語障害、異常興奮などに陥るが、秀秋もまさにこの状態だった可能性がある。

確定している説ではないが、珍奇な話でもない。この当時、少年期からの飲酒は「当然の行い」だった。法律で規制されているわけでもない。その上、秀秋の早逝は紛れもない事実なのだ。

■2:上杉謙信――「越後の龍」を死に至らしめたの遠因は酒と塩?

「過度の飲酒による死」といえば、上杉謙信にもその疑いがある。

「越後の龍」こと謙信は、無類の酒好きであった。居城や上杉本陣での飲酒はもちろんのこと、敵の城の前で悠々と盃を傾けたという逸話も存在する。

その上、彼の酒の肴はいつも梅干しか味噌だった。

戦国時代当時、塩は金にも値した。現代でも熱中症予防には「水と塩」と盛んに言われているが、戦場で身体を動かす者にとって塩は欠かせない。武田信玄は内陸国の太守であるが故に、いつも塩の確保について頭を悩ませていたという。

だがそれは、日本食の欠点である「塩分過多」をもたらす要素でもあった。戦国時代に「減塩」という現代的な概念は影も形もない。上杉謙信は現代よりも塩辛い梅干しを舐めつつ、大酒を飲んでいたのだ。そんな彼の死因は脳卒中という説が有力だ。

■3:福島正則と母里友信――イッキ飲みで天下一の名槍を獲得

戦国時代の日本人には「酒は一気に飲み干すもの」という癖があったようだ。そして、イッキ飲みのできる男は雄々しい、という認識もまた育った。

豊臣秀吉の子飼い武将・福島正則と黒田官兵衛の家臣・母里友信の飲み比べがそれを示している。

名槍『日本号』を巡ってのイッキ飲み対決で、友信は正則に勝った。このエピソードから友信は「日本有数の豪傑」とされてきたのだが、やはり現代では推奨できない酒の飲み方である。

友信は幸いにも数え60歳まで生きたが、彼と同じ酒の飲み方をして若いまま命を落とした武将も当然数多いはずだ。

■4:毛利元就――酒を飲まなかった本当の理由とは?

中国地方に一大勢力を築いた毛利元就は、「酒を飲まない君主」として知られている。なぜかといえば、祖父も父も兄も酒の過剰摂取が原因で死んでいるからだ。

恐らくはみな、肝疾患を抱えていたのかもしれない。となると、毛利一族は「肝臓が弱いファミリー」ということになる。元就自身は、それをしっかり把握していた。だから毛利一族は「禁酒」を家訓としたのではないか。

そもそも、戦国一の策略家であった元就にとって「酒は他人に飲ませるもの」という意識があったのかもしれない。古代中国の「鴻門の会」という逸話によれば、典型的な豪傑タイプの武将であった項羽に、劉邦は大酒を飲ませて機嫌を取り一時の忠誠を装ったという。項羽から見れば、この時に劉邦を粛清できなかったがために自らの滅亡の遠因になってしまったということだ。

元就が「鴻門の会」の故事から策略術を学んでいた可能性は、大いにある。

*  *  *

以上、戦国大名と酒との関係を考えさせられるエピソードをご紹介した。これらのエピソードを振り返ると、「酒は飲んでも飲まれるな」という言葉が改めて身に沁みるようだ。

ルイス・フロイスは「日本人は酒量をコントロールすることができない」と言ったが、それでも戦国の世を生き抜いたのは「酒量をコントロールできる者たち」だった。そうでなければ、たとえ稀代の軍略家でも突然死を避けられず、その後の混乱を招くことになる。

結局いつの時代も、勝つのは「酒量をコントロールできる者」であり、酒はほろ酔い程度に楽しく飲むのが一番ということである。

文/澤田真一
フリーライター。静岡県静岡市出身。各メディアで経済情報、日本文化、最先端テクノロジーに関する記事を執筆している。

 

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