■果実風味の日本酒には果物を使った酒肴が合う
さて、『菊鷹・ハミングバード』にふさわしい酒肴として、大阪・北区にある割烹料理店『堂島雪花菜(どうじまきらず)』の間瀬達郎さんが腕をふるってくれたのは「貝の酢の物」です。この酒肴は、世界中で愛飲されている食中酒のワインですら、ちょっと合わせにくい一品です。でも、日本酒なら相性はぴったり。それだけ日本酒というのは懐の深い飲み物なのです。
酢の物に使われている食材は、旬のとり貝・ミル貝・タイラ貝。そこに柑橘類の八朔(はっさく)が和(あ)えられています。さらに、今から旬を迎える青魚のイワシを酢で締めたものが加わって、じつに美味しそうです。
料理人の間瀬さんによれば、「菊鷹・ハミングバードには、葡萄っぽさを感じたのですが、いまは葡萄の時期ではないので、その代わりに八朔を使うことで果汁のみずみずしさを出してみました」とのことです。
果実風味を感じさせる、いわゆるフルーティなお酒に合わせる料理には、果物をうまく使うというのはひとつのコツです。味わってみると、八朔の味は決して強いわけではなく、ふわっと料理全体を包み込んでいるイメージです。貝ならではの磯の風味もしっかり自己主張しており、青魚特有のクセを抑えながら、イワシが味のボリューム感を支えています。それらがすべて八朔の管理の下に置かれている、といっていいでしょうか。
そこに『菊鷹・ハミングバード』を流し込むと、不思議なことに貝の磯風味が優しさを帯びて、果物感がより増して一体化した感覚をおぼえます。春の名残の田芹(たせり)の青々しい風味もよいアクセントになっています。
今年は5月5日が立夏。暦の上では夏の始まりですが、「貝の酢の物」で楽しむ『菊鷹・ハミングバード』の美味が、まさに口のなかで春から初夏へ向かう衣替えを演出してくれてもいるようでした。
ところで、なぜ日本酒の名に中南米のハミングバードが登場したのでしょうか。
聞けば、某シンガーソングライターの方が作った「ハミングバード」という曲があるそうです。この曲が4年前に藤市酒造で新しい酒づくりに取り組むことになった杜氏・山本克明さんの愛唱歌だったのですね。なにより歌詞の一部が新しい味にチャレンジする往時の心境に重なっていたのだとか。そうした若き杜氏の思い入れもあって誕生したお酒が『菊鷹・ハミングバード』。機会があったら、ぜひお試しください。
文/藤本一路(ふじもと・いちろ)
酒販店『白菊屋』(大阪高槻市)取締役店長。日本酒・本格焼酎を軸にワインからベルギービールまでを厳選吟味。飲食店にはお酒のメニューのみならず、食材・器・インテリアまでの相談に応じて情報提供を行っている。
■白菊屋
住所/大阪府高槻市柳川町2-3-2
TEL/072-696-0739
営業時間/9時~20時
定休日/水曜
http://shiragikuya.com/
間瀬達郎(ませ・たつろう)
大阪『堂島雪花菜』店主。高級料亭や東京・銀座の寿司店での修業を経て独立。開店10周年を迎えた『堂島雪花菜』は、自慢の料理と吟味したお酒が愉しめる店として評判が高い。
■堂島雪花菜(どうじまきらず)
住所/大阪市北区堂島3-2-8
TEL/06-6450-0203
営業時間/11時30分~14時、17時30分~22時
定休日/日曜
アクセス/地下鉄四ツ橋線西梅田駅から徒歩約7分
構成/佐藤俊一