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仏像

蕎麦切り寺の「絶対秘仏」はこうして撮影した

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天正10年(1582)に、織田信長配下の軍に焼き払われた宝蔵院の「絶対秘仏」を撮影するために、2メートル近い雪に埋もれた妙高山麓を訪ねた。同地では、「宝蔵院日記」の翻刻が完了し、公開のめどがたったことを受けて、その記録をもとに、かつて宝蔵院の寺領に栄えていた蕎麦の食文化を復活させようという取り組みが始まっていた。

150年以上に及ぶ寺領の出来事を記録した「宝蔵院日記」には、蕎麦に関する記述が多くみられる。極上のソバを栽培するには好適なこの地で、かつて食されていたうまい蕎麦を蘇らせ、味わってみようと、有志による活動が、この冬から始まった。最初に取り組んだのは、「宝蔵院日記」に記されていた「寒ざらし蕎麦」の復活だ。

寒さにあたると、どうやら蕎麦は、一層うまくなるらしい。それはいったい、どういう味なのか。実際に、この地方ならではの、雪の冷たさを利用した寒ざらし蕎麦を作る作業が開始された。果たして、戸隠に劣らぬ蕎麦の食文化が花開いていたというこの地に、失われた蕎麦の聖地を蘇らせることはできるのだろうか。

その作業の詳細については、『蕎麦Web』に掲載したので、そちらをご覧いただきたい。が、ここではひとまず絶対秘仏の撮影の様子を、お知らせしなければならないだろう。

宝蔵院の本尊であったこの仏像は、現在、国の重要文化財に指定され、妙高山麓にある関山神社のご神体として祀られている。

撮影当日、関山神社の本殿内部には紅白の幕が張り巡らされ、神職を始め氏子総代など、たくさんの方々が集まって準備を進めていた。

まず、すべての関係者が神前に整列し、神職が厳かに祈祷する。一通りの儀式を済ませた後に内陣が開かれ、頑丈な金庫にも似た金属製の扉が開けられた。光の届かない内部には、小さな仏像が安置されていた。

神職がその仏像を運び出す。白い布を張って準備した机に置かれた仏像は、そこでもう一度、祈祷を受け、その後ようやくカメラを向けることが許された。

僕は手を合わせ、一礼してから、まず拝見する。

仏像は高さ20センチほどの金属製で、腰部は細くくびれ、華奢な印象を受ける。鋳造された当初は全身、黄金色に輝いていたのだろう。天正10年に戦火に包まれたため、全体に黒い焼け色を呈し、両腕のひじから先が失われている。

しかし、美しいお顔だ。穏やかな笑みを浮かべた端正なお顔からは、痛ましさは微塵も感じられない。むしろ、くぐり抜けてきた運命の過酷さを一種の神々しさに昇華し、自らの輝きとして纏(まと)っているようにさえ見える。この仏像がなぜ、絶対秘仏として箱に入れられ、厳重に封印されなければならなかったのだろうか。

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