変わり続ける世界の中、企業は、リーダーはいかに進んでいくべきか。
リーダーシップとマネジメントに悩む、マネジメント課題解決のためのメディアプラットホーム「識学総研」から、これからの企業のあるべき姿を考察する。
* * *
パナソニックが、この「失われた20年」で、大きくリスクを取って生き残りを図ったことを、みんな知らないので、ここにきちんと書く。
今、筆者の手元に1冊の古い本がある。
1998年に出版された「2010年中流階級消滅」という、故・田中勝博氏が著した日本の近未来を予言する本だ。
当時は「就職超氷河期」と言われていたほどに、毎年、大学生の就職率が年々史上最低を更新し続けるとても暗い世相の時代。
とは言え正直、まだまだ世の中には、これは景気調整の局面に過ぎないという空気も色濃く残っていたのも事実だ。
おそらく、多くのビジネスパーソンの記憶には、バブル経済の華やかな時代のそれが残っていたからだろう。
そして1998年に出版されたこの本は、多くの共感を集めることもなく、無数に出版される新刊の波に呑み込まれ、忘れられて行くことになる。
12年後の世界はどう変わったか
著者の田中勝博氏は、北海道大学を中退し、単身イギリスに渡り未経験のままシティに飛び込み、僅か数年で名を挙げた著名な投資家でありアナリストであった人だ。
弱冠24歳にしてBZWフューチャーズ(イギリスを代表する国際金融グループの証券会社)の取締役になった経歴も持ち、「少し先の世界を読む」能力では、世界に知られた人であった。
家庭の事情でずっと貧困の中で過ごし、高校時代は日に3食を食べたことがないという原体験を持つ人で、貧乏であることの恐怖を繰り返しその著作の中で語っている。
出版から20年の時間が経って、既に2010年は過去に過ぎ去ってしまったが、その本の中で予言されていた世界はどの程度、実現しただろう。
田中氏の予想はいくつかのポイントに分かれているが、大きくは一つに尽きる。
著作のタイトルにもなっているように、「2010年には、日本のビジネスパーソンは10%の勝ち組富裕層と、90%の貧困労働者層に大きく分離するだろう」というもの。
そして、厳しい時代の到来を予測して今から備えを始めないものは、2010年には確実に職を失っているか、あるいは単純作業者として低賃金の労働に従事せざるを得なくなっているだろう、と予想する。
彼はなぜそのような予想をしたのだろうか。
一つには、日本は今後ますます世界中に国内マーケットを開放していかなければならないので、世界標準の競争にさらされるというもの。
その結果、日本中のあらゆる産業が壊滅的な打撃を受け、取り立てて強みのない会社は敗れ去り、取り立てて強みのない個人は雇用を失うであろう、という組み立てだ。
そしてその予言どおり、これまでは内需で十分「お互い様」の中流階級を支え合っていた日本人の生活は一変し、安い消耗品はそのほとんどが中国製品に変わり、ミドルクラスまでの家電製品も全て、台湾や韓国製品に取って代わられた。
その結果、日本のお家芸であった家電業界は壊滅状態となり、リストラが行われ、また多くの下請け企業が倒産した。
そしてこの大きなうねりの中、価格競争に立ち向かった多くの会社では、非正規雇用などを中心とした安価な労働力を求めるようになり、労働者層の所得は下がり続ける。
さらに、日本のGDPのうち6割を占める個人消費のパイがシュリンクし続けることで、当然のように日本のあらゆる産業で同じ現象が起こり、国民の所得は減少し続けた。
結果として、日本経済は長期に渡り、停滞をし続ける時代を経験した-。
というのが、この「失われた20年」のあらましだろう。
これは、1998年に田中氏が予言した近未来に相当重なる。
政治による所得再分配もあり、さすがに富者10%と貧困層90%という構図にはなっていないが、単純労働者層、更に言うと派遣労働者層の実態の厳しさは予言どおりだろう。
氏はその著者の中で、学校勉強だけで良い成績を出すことを考えていても飯は食えない時代が来ると、再三警告をしている。
そして若い層に向けて、自分だけの武器を磨き、能力を身につけることを強く奨励する。
学校勉強が優秀なだけで所得を稼げる時代は終わったとし、人と違うことを始めることの大事さを繰り返し力説している。
そして2019年現在、高学歴でありながら単純な派遣労働に従事する若者の数が増え続けている。
残念ながら、氏の予言した世界は、概ね正確な未来として日本に到来してしまっている形だ。
経営者はどのように動くべきか
このような世相の中、政治の力でできることはそう多くない。
世界から孤立して生きることを選ばない限り、マーケットの開放はこれからもますます避けられない世界情勢だ。
そしてますます、あらゆる分野での競争が激しさを増し、国内の産業構造ももう一波乱を経験するだろう。
しかしこのような中、比較的堅調に業績を推移させてきた会社ももちろん存在する。
そのような会社は、どうやってこの失われた20年で、生き方を変えたのだろうか。
例えばパナソニックの例を見てみたい。
パナソニックは、同業の白物家電業界が普及品の価格競争に打って出て、そして深手を負い続ける中でまったく違う動きをし続けた。
すなわち、普及品のマーケットからは距離を置き、個人向けマーケットではハイエンド製品へと大きく軸足を動かしたことだ。
そして3万円台から買えるノートPCの時代にあって、もはや家電量販店にはほとんどパソコン製品を並べていない。
直販を主戦場にして、30万円もするハイエンドノートPCを受注生産している。
以前、筆者はかつて台湾の上場企業経営者に
「仕事の必需品なのに、なぜ日本人はノートPCには、廉価な消耗品を使っているのか」と聞かれたことがある。
その時、筆者の会社では確かに、普及品の1台3万円程度のノートPCを配布しており、私自身も手元でそれを使っていたのだが、それを不思議に思っての質問だ。
そして、そう話す董事長(会長)のノートPCはまさに、パナソニックのレッツノート。
彼は、「安価な普及品のマーケットは、日本ブランドが勝負をする場所ではない」
という意味のことを力説してくれていたが、それが2008年頃の話だ。
パナソニックの話に戻す。
ノートPCに限らず、あらゆる家電製品で価格ではなく、消費者のニーズで勝負をすることにかじを切ったパナソニックだが、実はそれよりも大きな、路線変更があった。
それは、デバイスのサプライヤーとして生きるという道だ。
新興各国の企業が、安価な労働力でそこそこのものを作り上げてしまう家電のマーケットにもはや勝ち目がないとは言え、やはり完全に撤退するわけにはいかない。
ハイエンド向けの製品販売だけでこれまでの利益が維持できるかと言えば、もちろんそれは非常に難しい。
その結果、パナソニックが選んだ道は、最終製品メーカーであることにこだわらないという路線変更であり、各国のメーカーが作る最終製品に、デバイスを供給していこうとするものであった。
言い換えれば、誰でも作れる筐体や単純な部品ではなく、家電製品の中でも特に高度なノウハウが必要とされ、またそれが無ければ最終製品の性能に大きな影響を与えてしまうというデバイスの世界だ。
このような形で、デバイスのサプライヤーとして生き残ることができれば、最終製品を新興企業がどんどん売ってくれることで自社も潤う。
そして、これまで積み上げた技術やノウハウを効率よくキャッシュに変え続けることができる。
まさに、日本らしい強みを活かした生き残り戦略と言ってよいだろう。
次の時代に向けて、電気自動車の核となるモーターの開発にも注力をし続けているパナソニックだが、この分野でデファクトを取ることができれば、さらに桁違いの成長を遂げる起爆剤になるかもしれない。
業界は違っても、このようなパナソニックの環境への適応は、多くの企業にとって学ぶべき教訓を与えてくれる生き残り戦略ではないだろうか。
結局はリスクをとることができるかどうか
冒頭でご紹介した田中勝博氏は、「日本人はリスクに敏感過ぎる」ことを嘆いていた。
すなわち、変わり続ける世界の中では、変わらないことこそがもっとも大きなリスクであるにも関わらず、変わるリスクを取る勇気に大きく欠けるという批判だ。
個人で見ても、私達は「学校勉強よりも、自分だけの武器を磨く」ということの大事さは頭では理解できる。
しかしだからといって、学校勉強で点数を取るための努力を、例えば公認会計士になるための勉強に振り替えることができるだろうか。
やはり、学校の成績を取るという安心感に頼るのが、どうしても普通の人のリスク感覚だろう。そしてそのような時代でもないのに、点数をとっては安心し、卒業と同時に梯子を外される。
学生も経営者も、リスクに敏感になる前に将来を賢明に見据え、やるべきことを見極め、実行する勇気を持たなくてはならない。
最後に、そんなことを訴え続けた田中氏だが、実は皮肉にも、その著作のタイトルでもある2010年に47歳の若さで残念ながら、ご逝去された。
世界の大きな流れを読み、果敢にリスクテイクされて生きてこられた人生であったが、こればかりは予想することも、避けることもできない運命であり、人の一生の儚さを考えずにはいられない。
しかしだからこそ、人はもっとリスクを取って生きるべきだと、最後まで考えさせてくれる生涯であったと、私は思う。
* * *
リスクヘッジという言葉がある。リスクに対応し、いかに回避するかということは、何事においても重要なことである。だが、時には大きな成功のために、あえてリスクを冒す必要もある。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉があるように。
引用:識学総研 https://souken.shikigaku.jp/