愛知県豊田市といえば、「トヨタ自動車」で知られる自動車産業の盛んな街。お隣の名古屋市といえば、「味噌煮込みうどん」「味噌カツ」「名古屋コーチン」「あんかけスパ」「海老フライ」「手羽先揚げ」……と、数え切れないほどのご当地グルメで溢れているにも関わらず、豊田は食においてはやや地味な印象です。
そんな豊田にも隠れた名物がありました。それは、味噌や醤油味の甘辛ダレをたっぷり絡め、炭火などで焼き上げる「五平餅」。市内の人気店『上坂(こうさか)商店』を訪れると、炭火であぶった熱々できたての五平餅を求めて、老若男女が店内に溢れています。店内には、フィギュアスケーターの浅田真央選手のサイン色紙も発見。じつは、浅田選手が練習する中京大学のスケートリンクは豊田市にあるのです。
この五平餅が伝わる地域は、長野県や岐阜県が有名ですが、愛知県も含む中部地方の山間部一帯でつくられてきた味です。市内にはなんと、50店舗以上の五平餅店が存在し、「とよた五平餅学会」なるものまで結成されているほどポピュラーな食べ物なのです。
■わらじ型や団子型、五角形もある
ところで、五平餅を食べたことのない方のために解説しましょう。
餅といっても、餅米は使わず、普通のうるち米を餅のように搗(つ)いてつくられます。これを「ほせ」という木の棒につけて、成形していきます。地域によって、「わらじ型」と呼ばれる文字通りわらじに似た形状をしていたり、「御幣型」と呼ばれる五角形のもの(御幣とは神祭用具のひとつ)、串刺しになった「団子型」など、少しずつ形が異なっているのもユニークです。それらの多くは、火が通りやすいように扁平な形をしています。
とよた五平餅学会によると、五平餅誕生の起源には諸説あるそうです。まず、「山の神への供え物」として伝えられてきたという説。神様へのお供え物である神饌(しんせん)をお下がりとしていただく際に、焼いて食べたのではないかと考えられているとのこと。また、「山仕事の際の携帯食」であったという説。そのほか、「五平さんが考案した」という説もあって、どの説も確証はないものの、山里の暮らしの中から誕生した料理であることに間違いはなさそうです。
「五平餅は中馬(ちゅうま)街道沿いに分布している」という、同会の考察も興味深いものがあります。中馬街道は豊田市から長野県との県境まで続く道で、三河湾でつくられた塩を山間部へ運ぶための「塩の道」とも呼ばれてきました。塩と一緒に、五平餅のおいしさも伝えられてきたのかもしれませんね。
名古屋方面を訪れた際は、ひと足のばして豊田市へ。とびっきりの五平餅を食べ歩いてみてはいかでしょう。
文/大沼聡子