文/印南敦史
忙しい毎日に翻弄されていると、しかもそれが都会でのことであればなおさら、一息ついた瞬間に「ああ、ゆっくり温泉に浸かりたい……」と感じたりするものだ。
温泉には、(泉質がどうという以前に、温泉が温泉であるというだけで)人に安らぎを与えてくれる効果があるのかもしれない。
とはいえ、なんだかんだと雑事が山積していると、なかなか気楽に足を運べないのも事実だろう。
だが、そう考えると、テレビ東京のドキュメンタリードラマ『さすらい温泉 遠藤憲一』が話題を呼んでいることにも納得できる気がする。
すなわち多くの視聴者が、この番組を通じての擬似温泉体験に期待しているのではないかということだ。
「俳優の遠藤憲一が役者を引退し、素性を隠したまま日本全国の温泉宿で仲居を務める様子を取材する」という、どう考えても不自然な設定も味になっている“ドキュメンタリー風”ドラマである。
毎回、仲居や若女将に扮し「湯けむり美女」として登場するグラビアアイドルなどが、入浴シーンを披露するというベタな展開も魅力。どことなく、ツッコミどころ満載だった昭和のドラマを思い起こさせてくれるのである。
ところが、このドラマには不思議な魅力があるからこそ、見終わるたびに視聴者は物足りなさのようなものを感じることにもなるのである。ドラマに出てくる温泉がどれも魅力的なので、ドラマを通じた擬似温泉体験だけでは満足できなくなってしまうということだ。
やはり実際に、番組に登場した温泉へ足を運んでみたくなるわけである。
だとしたら、ぜひとも行動するべきだ。いくら忙しいとはいっても、その気になれば一泊もしくは日帰りで温泉に行くくらいの時間はつくれるものなのだから。
そしてその気になったなら、『さすらい温泉 遠藤憲一 極上温泉ガイド』(テレビ東京/「さすらい温泉 遠藤憲一」製作委員会 編集、TAC出版)を役立てたい。
「第一湯」に登場した群馬県・草津温泉「奈良屋」を筆頭として、同ドラマで紹介された温泉が紹介されたガイドブック。湯に浸かる遠藤憲一の写真やコメントも収録されているため、ページをめくっているだけでドラマを思い出すことができる。
もちろん、ガイドブックとしての機能も申し分ない。ひとつの温泉および施設の紹介に各4ページが割り当てられており、グルメ情報や観光スポットなども紹介されているので、「やっぱり行ってみたい!」と思ったときに実用的なのだ。
長湯はできないけれど、温泉自体は好きです。3日連続で仕事がオフだったら、女房と温泉に出かけます。部屋を変えて、ふだんの生活とイメージを変える。気分転換、日常を変えるという意味でね。(本書「遠藤憲一の オレと温泉」より引用)
そう、これこそまさに温泉の魅力だ。多忙な日常から距離を置きたいときに温泉へ「逃げる」という発想は自然で、しかも役者だけに与えられた特権だというわけでもない。我々もまた同じだからこそ、この意見には共感できるはずだ。
ロケで泊まりのとき、温泉のある宿だと、気分がいいですね。朝、温泉に入るとね、浴場が広々としているから気持ちがいいし、腰痛もちなので、腰にもいいですから。長い時間、撮影していると腰にくるんですよ。いまも癖ついちゃって、なるたけ出かける2時間前には、浴槽に浸かります。朝、お風呂に入ると気持ちがいいですし、その日一日、調子がいいんですよ。(本書「遠藤憲一の オレと温泉」より引用)
さらに、これもまた頷ける話ではある。ロケで温泉宿に泊まるというシチュエーションは役者ならではのものだが、サラリーマンにだって出張の機会はある。そんなとき、あえて温泉宿に泊まり、早起きして浴槽に浸かればいいのだ。
それだけのことをしてみるだけで、大きなリフレッシュ効果が得られるに違いない。だからこそ本書を眺めつつ、まずは「行きたくてたまらない温泉」を見つけてみてはいかがだろうか?
『さすらい温泉 遠藤憲一 極上温泉ガイド』
テレビ東京/「さすらい温泉 遠藤憲一」製作委員会 編集
TAC出版 本体価格:1,400円(税別)
2019年3月発売
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。