周囲に他人への配慮や気づかいができなくなってきたと思われる人がいるなら、ちょっと気をつけてあげたほうがいいかもしれません……。
認知症では「社会的認知の障がい」にも意識を
認知症というと、もの忘れが増え、新しいことを覚えられない記憶障害というイメージが強いと思います。たしかに記憶障害も大きいのですが、近年の「社会脳科学」から、認知症では「社会的認知の障がい」も重要だと考えられるようになってきました。
「社会的認知」というと、社会的に認められているとか、世間に広く知られているという認識がメジャーかもしれません。しかし医学的には別の意味があり、「社会や、そのなかで生きている人々の情報をキャッチして理解すること」という意味になります。
具体的には、こんなことです。
・人の目つきや表情などを見てその人の気持ちを推測すること
・他人の心の痛みを感じてそれに共感、同情すること
・相手の気持ちを推し量りながら自分の行動をコントロールすること
・他の人と協力し、物事を行うこと
・自分の感情や欲望を適切に抑制すること
・自分を振り返り、反省すること
たとえば、目の前で子どもが泣いていても、どうして泣いているのかわからない。「かわいそうに。どうしたんだろう?」という感情もわいてきません。ですから、特に何もせず通り過ぎようとします。
このように社会的認知機能が低下すると、身の回りへの関心も低下し、その結果、他人への配慮や気づかいといったことができなくなります。他人の目が気にならなくなるので、傍目には「わがまま」で「自分勝手」に見える言動も増えてきます。
会話中にも微妙なズレが出てきます。相手の表情や気持ちが読み取れないうえ、相手の話に集中できないことから、話す内容が食い違ってしまうのです。
身の回りの人に、会話中に「あれ?」と思う返答が増えたり、自分勝手に見える言動が増えてきたなと思ったら、注意してあげてください。
(ひとくちメモ)◎世界の認知症患者数
国際アルツハイマー病協会が2015年に発表したデータによると、2015年時点で推定される世界の認知症人口は4680万人。新たに認知症と診断された人は世界で約1000万人。そのうち日本を含むアジアが490万人で、約半数を占めています。
「軽度認知障害」のサインを見逃さない
正常な脳と認知症の脳。その境界線はどこにあるのでしょう?
残念ながら目で見て確認できるものではなく、その境界域ともいえるグレーゾーンを「軽度認知障害」と呼びます。「ふつうに生活できているものの、もの忘れ症状があり、周囲の人たちもそれに気づいている人」が該当します。認知症の前段階といえる状態です。
正確には、次の4つの症状を示す状態です。
【1】もの忘れがあり本人も自覚している。
【2】周囲の人から「もの忘れがひどい」などの指摘がある
【3】記憶検査(もの忘れテスト)などで記憶障害が認められる
【4】記憶以外の脳機能(判断力や、今日の日付や自分が今いる場所がわかる認識力、会話能力)は正常で、日常生活はひとりでできる。仕事上は多少の支障が出ることがある
軽度認知障害はもの忘れとそれに伴う問題はあるものの、その他には支障が見られません。今日会った人の名前を忘れることはあっても、本人にも「最近、もの忘れが多い」という自覚があるため、大きなトラブルもまだあまり見られません。
しかし、軽度認知障害と診断された人のうち約半数は5年以内に認知症へと症状が進んでしまいます。ですから、軽度認知障害が疑われた時点で、病院で診断を受けることが重要です。
将来、認知症になるかもしれない、という診断はつらいものだと思います。一般に、認知症は治らないといわれていますが、原因によっては治るものもあります。甲状腺機能の低下、ビタミンD不足が原因の認知症、特発性正常圧水頭症によって併発する認知症は治る可能性があります。
また、早期発見することで初期段階から対策を打つことができます。投薬により進行を遅らせることができるかもしれません。「軽度認知障害」のサインを見逃さないでください。
(ひとくちメモ)◎原因のわかる認知症
アルツハイマー型認知症の原因は特定できませんが、原因がわかる認知症もあります。「血管性認知症」は脳梗塞や脳出血が原因です。「外傷性認知症」は転落や交通事故などで脳に受けた大きな損傷が原因になります。「アルコール性認知症」はその名のとおり、長期間にわたるアルコールの多飲が原因です。
■監修 伊古田俊夫
いこた・としお 1949年生まれ。1975年北海道大学医学部卒。勤医協中央病院名誉院長。脳科学の立場から認知症を研究する。日本脳神経外科学会専門医、認知症サポート医として認知症予防、認知症の地域支援体制づくりに取り組んでいる。著書に『40歳からの「認知症予防」入門』(講談社)など。
[伊古田先生からのメッセージ]→「認知症予防とは、認知症を『先送り』することです」
認知症を「予防する」ということは、「一生、認知症にならない」ということではありません。認知症の原因は、今もわかっていないからです。確かなことは脳の老化だということ。ですから認知症を100%予防することはできませんが、発症する年を「遅らせる」ことはできます。いわば認知症の先送り。これが予防策をみなさんに広く知ってもらいたいと願う理由です。
文/佐藤恵菜 イラスト/みやしたゆみ
※この記事は小学館が運営している大学公開講座の情報検索サイト「まなナビ」からの転載記事です。