
夫婦とは「陰陽」そのもの、かもしれません。違うからこそぶつかるし、でも、違うからこそ整うもの。
本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中医学の知恵から、身体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。
今日おとずれているのは、定期的に通う40代後半のご夫婦。旦那さんは肌荒れの対策、奥さんは冷え性の相談で、2か月に一度は顔を見せてくださる二人です。
処方を待つ間の、何気ない世間話がいつの間にか「休日の過ごし方」を巡る言い争いに発展してしまったようです。
志村先生の目には、この夫婦喧嘩はどう映っているのでしょうか?
ちょっと覗いてみましょう。
【今日のお悩みカード】
相談者: 40代後半のご夫婦(夫:営業職、妻:事務職)
お悩み:休日の過ごし方が合わず、毎週もめる
「リフレッシュ」の定義が、なぜ夫婦でこれほど違うのか
旦那さんが、やや早口で切り出しました。
「先生、聞いてほしいんです。
せっかくの快晴の休日に、一日中パジャマで過ごされると…正直、もったいないと思うんです。外に出て、日光を浴びて、体を動かす。それが一番のリフレッシュじゃないですか。
なのに彼女ときたら…」
妻は深くため息をつきました。
「わかってる。
でも、週5日フル回転して、やっと迎えた休日なの。家で静かにして、溜まった家事を片付けて、好きな音楽を聴く。それが私の回復なの。
無理にあちこち連れ回されると、月曜の朝の方がかえって疲れてしまうから…」
「それって、ただ動きたくないだけじゃ—…」
「ちょっと待ってください」
志村先生が、穏やかに割って入りました。
「旦那さん、少し聞かせてください。奥さんに対してイライラするのは、週末だけでしょうか?」
「…いや、最近は仕事でもちょっとピリピリしてるかもしれません」
「そうですか」
今度は奥さんの方を向いて、志村先生は聞きます。
「奥さんは、疲れたというより、やりたいことはあるのに、体がなんとなく動かない、という感じではないですか?」
奥さんが、はっとした顔になりました。
「そうなんです。頭では動きたいのに、どうしても腰が上がらなくて…」
志村先生は、納得したように、静かに言いました。
「この問題は、どちらが正しいかを決めようとすると、こじれるかもしれません。なぜならこれは意見の違いではなく、性質の違いだからです」
陰陽で喧嘩の正体を読み解く
志村先生は二人にお茶を勧めながら、穏やかに話し始めました。
「中医学の陰陽という考え方で見ると、この問題はとてもシンプルです」
「陰陽…あの白と黒が合わさった、太極図みたいなやつですか?」と旦那さん。
「そうです。あれは単なるシンボルではなくて、自然界の法則を表したものです。簡単にいえば、『動くエネルギー(陽)』と『静まるエネルギー(陰)』が、常に対になって存在しているという考え方です」

志村先生は、二人が手に持つ湯飲みから立ち上る湯気を指して続けます。
「『陽』は、動きたい・外へ向かいたい・発散したいエネルギー。
対して、『陰』は、静かにしたい・内にこもりたい・回復したいエネルギー。
『昼と夜』、『夏と冬』に置き換えるとわかりやすいですが、どちらかが『正しい』ではなく、どちらもあるのが『自然』なんです」
「それで、僕たちはどっちなんですか?」
「旦那さんは、『陽』が強いので、動いていないと落ち着かないタイプです。そして、今の『ピリピリ』は、『陽』のエネルギーが内側で溜まって、行き場を探している状態です」
旦那さんは腕を組み、ふうむ、と唸りました。
「…そう、かもしれません」
志村先生は、奥さんの方を向きました。
「奥様はもともと『陰』の性質が強い。内側に静かに蓄えたいタイプです。
ただ今は、その『陰』のエネルギー自体が底をつきかけている。やりたいことはあるのに体が動かないのは、身体が休息を求めているサインなんです。決して、怠けているわけではありませんよ」
奥様の目がチラリと光り、小さくうなずきました。
「大事なことは、『陽』と『陰』は、対立するものではなく、お互いがあって初めて成立する関係だということです。太陽だけでは世界は乾ききってしまうし、夜だけでは何も育ちませんよね。
動く人と、静かな人がいるからこそ、家庭という場の『気』はちょうどよく巡るんです」
二人とも言葉を失い、志村先生の言葉を噛みしめるように、目のまばたきだけを繰り返していました。
喧嘩の本当の原因は?
「ただし…」と志村先生は続けます。
「この問題の根っこにあるのは、自分の正しさで相手を矯正しようとすることにあるかもしれません。」
「矯正、ですか?」と旦那さんが声を発しました。
「ええ。例えば『陽』の人はこう思いがちです。
『せっかくの休みなんだから、有意義に使わないともったいない』と。
対して、『陰』の人はこう感じています。
『やっと休めるのに、なぜわざわざ疲れに行くのか?』と」
志村先生は、二人の顔を交互に見つめました。
「これは、どちらも正しいですよね。でも、どちらも自分のエネルギー基準というメガネをかけて世界を見ています。今の喧嘩は、いわば『夏が、なぜ冬はあんなに寒いんだ』と怒っているようなもの。季節が違うのだから、過ごし方が違って当然なんですよ」
二人は顔を見合わせ、黙り込んでしまいました。
自分を整える陰陽のスイッチ
「では、今の状態をどう整えるか。相手をどうこうする前に、まずは自分のエネルギーを扱いやすくするためのスイッチを知っておきましょう」
旦那さんへ【陽の過剰を逃がす】
「陽のエネルギーが溜まってイライラするのは、出口が足りないからです。
走って汗をかいたり、声を出したり。文章を書いて、想いを吐き出すこともおすすめです。
3つ例を挙げましたが、これは何でも構いません。『外へ出す』という行為そのものが、対策になるので、気軽に試してみてくださいね。
奥さんへの不満が募るときは、目線を変えて、自分のエネルギーを発散させてみてください。そうすると、相手への要求が柔らぎますよ」
奥さんへ【陰の消耗を補う】
「消耗した身体を回復させるには、なによりも休息です。
睡眠や、胃腸を休ませることは基本ですが、何もしない時間を自分に許すことも参考にしてください。
これは、怠けではありません。次の収穫のために、畑を休ませている時間と同じです。じっくり休ませることで、本来の力が戻ってきますから」
陰陽のリズム設計術
さらに、志村先生は、二人にひとつの提案をしました。
「相手を変えようとするのではなく、休日の『陰陽のリズム』を二人で共有してみるのはいかがでしょうか? つまり、時間帯で『今は動く時、今は休む時』と決めてしまうんです」
「時間で分ける、ですか?」
旦那さんが問いかけました。
「陽の時間」と「陰の時間」
「ええ。例えば、土曜は『陽の日』として、どこかへ出かける。日曜は『陰の日』。それぞれが好きに過ごしたり、終日パジャマで過ごすことも、よしとする。
あるいは、午前は活動して、午後は家でゆっくりするのもいいですね。
こうしてリズムをあらかじめ設計しておけば、動かない相手にイライラすることも、連れ回される苦痛もなくなります。
争いの原因は、お互いのリズムが重なっていないだけですから」
「それ、いいかもしれないですね」と旦那さん。

二人の間を埋める「カラオケ」という折衷案
しばらく考え込んでいた奥さんが、ふと顔を上げました。
「先生、そういえば…
たまに行くカラオケは、二人とも機嫌よく過ごすことができる気がします。私は座ったまま歌を聴いていられるし、主人は思い切り声を出して、楽しそうで」
志村先生は、目を細めました。
「それは、理にかなった陰陽の折衷案ですね。声を出すことは、滞った気を外へ押し出す出口になります。旦那さんの『陽』のエネルギーには、発散の出口になる。
一方で、歌うことで横隔膜を動かすことは、奥様の気の巡りをも促します。激しく体を動かさなくても、歌うことは内側からの刺激にもなりますよね」
奥さんが、柔らかく笑いました。
「…じつは、カラオケに行くと、なんかスッキリするんですよね。不思議と」
頷きながら、志村先生は続けます。
「奥様にとっては、カラオケがちょうどいい『動』なのかもしれませんね。
動きたい人を止めない。休みたい人を責めない。その真ん中に、カラオケのような二人の共通項を見つけると、穏やかに過ごすことができるかもしれません。
うまくいっている夫婦というのは、気が合う人の組み合わせではなく、こうした『陰陽の使い方が上手な人たち』なのかもしれませんよ」

黙って聞いていた旦那さんが、口を開きました。
「…身体の相談を聞きに来たのに、なんだか夫婦のあり方まで教わっちゃいました…」
志村先生は朗らかに笑いました。
「身体と心は、全部つながっていますから」
陰陽は固定ではなく、移ろうもの
「最後にもうひとつだけ」と志村先生は言いました。
「陰陽は固定されたものではありません。旦那さんも、さらに『陽』の強い人と一緒にいると、自然と『陰』の役回りに回ることがあります。
人は相手との関係の中で、『陽』にも『陰』にもなれるんです」
「…それは確かに。昔の上司、めちゃくちゃ行動力のある人だったんですが、僕、いつもブレーキ役になってましたね」
と旦那さんが苦笑しました。
「その感覚は、正しいですよ。
『陽』のご主人は『陰を養う』ことを学ぶと、人間性により深みが出ます。
『陰』の奥様は、少しだけ『陽に乗る』ことを意識すると、気の巡りがよくなります。
相手に歩み寄ることを、我慢としてとらえるのではなく自分の幅を広げることと捉えると、夫婦喧嘩でさえも、視点が変わりますよね」
二人は納得したように、何度も頷き合うのでした。
おわりに
肩を並べて歩く二人の背中を見送りながら、志村先生は心の中で呟きました。
「中医学では、陰陽のバランスが取れている状態を健康と呼びます。
これは身体だけでなく、人間関係にもそのまま当てはまります。
どちらかに寄せると、必ずどこかに歪みが出てしまう。だからこそ、夫婦になる人同士は、惹かれあうのかもしれませんね…」
※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。
中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。
身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。
●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が1番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
インスタグラム:@cocobikobe0310
●構成・文/もぱ(京都メディアライン)











