文/柿川鮎子
暑い夏に便利な保冷剤。お弁当が痛まないように冷やしたり、バンダナに包んで首の後ろを冷やせば身体全体が涼しく感じられる便利グッズ。冷凍庫に常時保管している家庭も多いでしょう。
でも、この保冷材に含まれる不凍液がペットにとってたいへん危険な毒物であることを知っていますか? 毎年、夏になると保冷剤が原因のエチレングリコール中毒で命を落とす犬や猫が後を絶たないのです。
以前「知ってるようで意外と知らない“犬と人との3つの違い”とは」の記事で、犬と人との食性の違いについて紹介しましたが、犬にとって危険な食べ物として不凍液とキシリトールをあげたところ、驚いたというコメントが寄せられました。
チョコレートや玉ねぎは広く知られていますが、不凍液とキシリトールについてはあまり一般的ではないようです。そこで今回は、この二つがなぜ犬にとって危険なのか、あらためて紹介いたします。
保冷剤を使う機会が多い夏の季節、改めて犬と暮らす家庭での安全対策について考えてみましょう。
■病院に駆け込むナンバーワンはチョコレートが原因
まず犬が食べてはならないもので、よく知られているのが玉ねぎとチョコレートです。
犬が玉ねぎを食べてはいけないことは、犬を飼っていない人の間でもよく知られていますね。また、生たまねぎはもちろん、調理・加熱したハンバーグやカレー、スープなども体に悪いということは、かなり広く認知されています。
もうひとつのチョコレートも犬にとっては危険な食べ物です。ノア動物病院グループ院長の林文明先生は、著書の中で「誤飲誤食をして動物病院に駆け込んでくる、一番多い食べ物はチョコレートです。もし、食べたのを見たときはすぐに吐かせます。塩水を飲ませて吐かせると書いてある本もありますが、なかなか難しいので、動物病院に連絡をしてすぐに診察を受けに行き、催吐(さいと)処置をしてもらってください」とアドバイスしています(『愛犬を長生きさせる食事』より)。
量にもよりますが、食べてから30分から1時間以内ならばかなりの確率で吐き出させることができるので、早めの処置が大切です。
玉ねぎやそれを調理した食べ物は、ペットが入ってこないキッチンや冷蔵庫に保管されています。しかし、チョコレートはテーブルの上やリビングのソファーなどにうっかり置いてしまいがち。食べかけを放置してしまい、犬がそれを見つけて食べてしまうケースが多いのです。
飼い主が美味しそうに食べているのを見た犬は、自分も食べることができると誤解します。
実際に食べる姿は見ていないけれど、チョコレートの包み紙が落ちていて「もしかすると食べちゃったかも……」と心配な時も病院に連れて行くことを、林文明先生は勧めています。
「最近の催吐に使われる薬は、昔と違ってかなり安全で効果もよく現れますよ」(『愛犬を長生きさせる食事』より)
食べたかどうかよくわからない場合であっても、安全のために、動物病院へ行ってみましょう。
■不凍液は、甘く美味しい食感の危険物
問題の保冷材に含まれる不凍液は、エチレングリコールと呼ばれる物資で、犬の身体の中で代謝されると毒物に変化してしまいます。保冷材は溶けると柔らかく、肉のような食感となり、さらに甘い味がするので食べてしまう犬が多いのです。
暑いからといって保冷剤を床に敷いて座らせたり、首に巻くことは絶対にやめましょう。人が使った後は必ず冷凍室で保管し、犬の目に触れないようにすることが大切です。犬ではたった4~6ml/㎏で障害が現れてしまいます。
不凍液が引き起こす、エチレングリコール中毒は、体内で時間とともにいろいろな物質に変化します。グリコアルデヒド、グリコール酸エステル、シュウ酸エステル、シュウ酸カルシウムなど、時間とともに体内で化学変化するうちにどんどん毒性が高くなってしまい、シュウ酸カルシウムになってしまうと腎不全で完全に手遅れになってしまいます。
「動物病院の治療ではエタノール注射をして、エチレングリコールの分解吸収を阻害させるようにしますが、これはもう本当に時間との闘いですね」と林文明先生(『愛犬を長生きさせる食事』より)。ほとんどの場合、症状が現れた段階で手遅れなのだそうです。
保冷剤を食べているところを見ていない飼い主は、ふらふらして熱中症のような症状を起こすので、安静にして様子を見てしまいがち。その間にどんどん分解が進んで毒性が高くなり、病院に行った時はもう手遅れというのが最悪のケースです。
早めの処置が絶対に必要なのに、明らかに食べた跡がないと、中毒であるとは判断しにくいのです。保冷材は死に至る、夏に怖い毒物と考えて、ペットの近くには絶対に置かないようにしてください。
■歯によいキシリトールも犬にとっては怖い食べ物
もうひとつ、歯を健康にするガムなどに含まれているキシリトールは、低血糖を引き起こす、犬にとって怖い食べ物です。体重10kgあたり、たった1gで低血糖を引き起こし、その後は重篤な肝障害がでる可能性があると、米国で論文が発表されました。
不凍液と違い、キシリトールはそれ自体が毒ではなく、食べるとインスリンの過剰分泌を引き起こすために低血糖になったり、重篤な肝臓障害を引き起こすのです。
人が食べているキシリトール入りガムのたった1個でも危険な場合があるので、絶対に与えないようにしましょう。これは獣医師会のホームページでも危険に関してQ&Aで詳しく記載されているので、参考にしてみてください。
キシリトールは食べて30分以内に中毒を起こします。ただし、空腹時に食べた場合と、お腹がいっぱいの時に食べた時では、症状の現れ方が異なるようです。また、家の中だけでなく、散歩中のガムの拾い食いにも注意してください。
万が一、食べてしまった場合の処置については、かかりつけのホームドクターに相談しましょう。
ほかにもブドウやコーラ、カニやイクラなど、犬にとっては毒になる人の食べ物はたくさんあります。とくに夏、日常的に使われる保冷材は、犬の身近にある危険物と考えて、しっかり管理をしましょう。
マジックで番号をつけて、無くなったらすぐにわかるようにするほか、冷凍庫に入れる場所を決め、犬の近くには置かないことが大切です。
そして古くなった保冷材は定期的に捨てて、液漏れさせないようにしましょう。安心・安全な暮らしをベースに、一人でも多くの飼い主さんが、愛犬と楽しく過ごして欲しいと願ってやみません。
【参考図書】
『愛犬を長生きさせる食事』
(林文明著、本体1000円+税、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09310837
文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。