「40代で選んだ女優と介護の二足の草鞋」
アイドル歌手時代に見た天国と地獄。自分探しの30代を経て、今は女優と介護福祉士の仕事を両立させながら、人間・北原佐和子を真摯に見つめる。
平成26年3月、女優の北原佐和子さんは介護福祉士の試験に合格した。念願の国家資格の取得だ。芸能界という華やかな世界に身を置きながら、何が北原さんを介護の仕事に向かわせたのか。
「女優という仕事は不規則で、2~3か月もスケジュールが空くことがある。そんな時、世の中から取り残されたようで、心のバランスを崩しそうになりました」
乗馬や陶芸などの趣味に打ち込んでも、心は満たされない。自分が必要とされる仕事が他にもあるのではないかと考えた時、思い出したのが20代の頃に出会った障がいのある人たちとの関わりだった。
友人を介して手にした障がい者が焼いた器。毎日それらを使いながら、何と温かい気持ちになったことか。その友人にはダウン症の子供がいた。その子の純真無垢な姿に、生きている限り人間って素晴らしいと思い至ったこともある。
自分探しの30代を経て、43歳でホームヘルパー2級の資格を取得。介護福祉士となった今は、午前中は介護現場、午後からは女優の仕事と切り替え、本格的に二足の草鞋を履く生活を続けている。
芸能界に入ったのは、16歳の時。〝ミス・ヤングジャンプ”に選ばれ、昭和57年(1982)には歌手デビュー。いわゆる〝花の82年デビュー組”のひとりで、同期には小泉今日子や早見優らがいた。
「大人たちに褒められ、それが喜びや自信にもなったけれど、歌や踊りの基礎を勉強したわけではない。人気に翳りが見え始めると、皆、背を向けていった。中身が伴っていないことを思い知りました」
10代で見た天国と地獄。徐々に軸足を女優の世界へと移す。現在は女優やレポーター、また介護をテーマにした講演、朗読会などで全国を回る。女優、介護士、講演、朗読。この4つすべてが必要なもの。虚と実の間を行き来しながら、ようやく人間・北原佐和子という存在が見えてきたという。
40代で介護現場で働き始めた女優の北原佐和子さん。その動機や女優との両立など、こちらでご紹介しきれていない興味深い話は「ワタシの、センタク。」のウェブサイトで公開中です。
ワタシの、センタク。
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