文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)
前回取り上げたリチャード・ニクソン記念図書館兼博物館のつづき(https://serai.jp/tour/1261149)。カリフォルニア州ロサンゼルス近郊シミ・バレーに米国の大統領図書館制度に基づくもうひとつの施設がある。第40代大統領ロナルド・レーガンを記念した図書館兼博物館である。
レーガンの在任期間は1981年から1989年まで。まさに1980年代を象徴する政治家だ。もともとハリウッドで俳優として名を知られたレーガンは、その知名度と発信力を背景に政界へ転じた異色の経歴を持つ。明快な語り口と楽観的な国家観は広く支持を集め、米国史においても人気の高い大統領のひとりに数えられている。そのせいだろうか、レーガンの記念図書館兼博物館はニクソンのそれよりはるかに大きく、はるかに多くの人が訪れる。

ところでレーガンはカリフォルニア出身ではない。イリノイ州の小さな町に生まれ、大学を卒業するまで同州で育った。高校時代はアメフトと水泳に熱中し、夏休みはライフガードとしてアルバイトに励むスポーツ少年だった。
大学卒業後はアイオワ州のラジオ局でスポーツアナウンサーの職を得た。とは言っても、中西部にある隣の州に移っただけであり、相変わらず政治ともカリフォルニアとも無縁だった。レーガンの若い頃の写真からは、いかにも純朴そうな好青年しか見出すことができない。
ところが、ラジオ局でMLBシカゴ・カブスを担当させられたことが、レーガンの運命が大きく転換するきっかけになった。1936年、カブスが春季キャンプを張っていたカリフォルニア州サンタカタリナ島に随行し、そのついでに(かどうかは分からないが)ハリウッドにあるワーナー・ブラザース・ピクチャーズのスクリーンテストを受けて、映画俳優として採用されたのだ。レーガンが25歳の頃である。
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レーガンはハリウッドで俳優としてのキャリアを築くとともに、映画俳優組合の活動にも力を注いだ。組合の会長を務める中で政治的発言力を強め、次第にその分野でも知名度を広げていった。後に小さな政府と自由貿易を推進したレーガンが組合活動をしていたことは興味深い。
レーガンは1967年にカリフォルニア州知事に就任し、1975年まで務めた。ニクソンが大統領だった時期(1969 – 1974年)とほぼ重なる。ベトナム戦争の泥沼化、公民権運動、ウォーターゲート事件など、米国社会が大きく混乱していた時代だ。
レーガンはカリフォルニア州内で財政再建や行政改革を進めると同時に、過激化していた政治運動には強い態度で臨んだ。任期中に社会秩序を取り戻したとの評価が高い。知事としての功績は、その後の大統領選への足がかりとなる。1970年代を通じて共和党内で存在感を高め、1980年の大統領選挙で勝利を収めるに至るのである。

レーガン政権が直面した最大の課題は、冷戦であった。米ソ両陣営が核戦力を背景に対峙する構図は、1980年代に入ってもなお続いていた。
レーガンは当初、ソ連に対して強硬な姿勢を取り、「悪の帝国」と位置づけたことで知られる。しかしその後、ミハイル・ゴルバチョフとの対話に踏み出し、関係改善と軍縮交渉へと舵を切る。
その成果が1987年の中距離核戦力全廃条約である。核兵器削減を具体的に進めたこの合意は、冷戦終結への重要な一歩となった。
館内には当時の演説や外交交渉の記録など、この激動の時代を物語るさまざまな歴史的資料が数多く展示されている。なかでも印象的なのが、ベルリンの壁の実物ではないだろうか。約3.6mの高さのコンクリート壁にはさまざまな落書きがあり、上部には有刺鉄線が張られている。
経済政策の面では、「レーガノミクス」と呼ばれる路線が採られた。減税と規制緩和を柱とし、市場の活力を引き出すことを狙った政策である。
結果として、70年代に低迷していたアメリカ経済は回復し、80年代には成長軌道に乗ったと評価される。一方で、所得格差の拡大や財政赤字の増加といった問題も顕在化した。こうした評価の二面性は、現在に至るまで議論の対象となっている。
レーガンは2004年に死去し、その遺体はナンシー夫人とともに、この記念図書館兼博物館の敷地内に埋葬されている。

館内の展示は、レーガンを一面的に称賛するものではなく、功績と課題の双方に目を向けている。米国大統領の記録は公共の歴史的財産であるとする考え方によるものだ。
とは言え、さすがは米国だと筆者などは感心するのだが、人々を楽しませることも忘れられてはいない。この施設で最大人気の展示物は、間違いなく大統領専用機エアフォースワンである。
ボーイング707の実機がそのまま展示されていて、機内にも立ち入って見学することができる。そこでは大統領やスタッフが執務したソファーやテーブルが当時のままに再現されている。搭乗口前のタラップではカメラマンが記念撮影をしてくれ(有料)、大統領とファーストレディ気分でポーズをとる夫婦連れも目立つ。

シミ・バレーはロサンゼルスとサンタバーバラのちょうど中間くらいの位置にある。どちらからも高速道路を使えば約1時間で到着する。
しかし、ロナルド・レーガン記念図書館兼博物館そのものは山中にあるため、交通アクセスは便利であるとは言えない。付近にバス停などもないので、自動車での訪問が基本だ。
公共交通機関を利用する場合は、Amtrakの最寄り駅(Moorparkまたは Simi Valley)からライドシェアやタクシーを利用するしかないだろう。参考までに、筆者はある土曜日の日中にSimi Valleyの駅前でライドシェア大手Uberを試してみたが、待ち時間は約5~10分、所要時間は約15分、料金は約25ドル(約4000円)とアプリに表示された。

ロナルド・レーガン記念図書館兼博物館公式ウェブサイト: https://www.reaganfoundation.org/
文・写真 角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。











