写真・文/鈴木拓也

牡丹が咲く石光寺。

4月に入って本格的な春の訪れを合図に、関西の諸寺では花が咲き始めた。枝垂れ桜、石楠花(しゃくなげ)、山吹、つつじなど、一気に華やかさをたたえた境内には、参拝者が絶えない。

奈良県葛城市の石光寺(せっこうじ)も、「花の寺」としてよく知られる。ここは、天智天皇の勅願で草創したと伝えられる古寺。4月下旬から5月上旬にかけ、3百種を超える2千株近い牡丹と芍薬(しゃくやく)が咲き誇る。

多くの牡丹が見頃となる4月中旬の朝、ここを訪れた。

石光寺の寺門。

三代にわたる牡丹好き

前日の雨のせいか、牡丹の花はどこか眠たげ。もう少し日が昇って、花が目を覚ますのを待つ間、住職の染井義孝さんに話をうかがう。

かつては少ししかなかった牡丹を増やし始めたのは、染井さんの祖父だという。

「先々代は、牡丹が好きな人でした。関西牡丹の本場である、池田市や宝塚市まで出かけては購入し、狭い境内に植えていました。

私の父が寺を継ぐと、境内を広げて牡丹の種類・株数を何倍にも増やしたのです。もう、三度の飯より牡丹が好きっていうぐらいの人で、牡丹の鑑定もよく頼まれていました。

芍薬を植え始めたのも父の代からです。仕事で来日したカナダ人弁護士が、牡丹に興味を持ち、石光寺にいらしたのです。寺の牡丹を見て感激したその弁護士に招待され、北米に行き、現地の色鮮やかな芍薬を初めて見て、今度は父が感激しました。それで、日本に芍薬を持ってきて、それも増やし始めました。これまで日本では、芍薬は牡丹の二等品的な扱いでしたが、おかげで今では芍薬の良さを認める人が多くなりましたね」

境内のそこかしこで咲く花々。

先代に負けず劣らず牡丹が好きな染井さんだが、完全な有機栽培にするなど、土壌改良にも力を入れる。植物よりも土に興味があると言う。

しかし、昨今の地球温暖化には苦労しているとも。特に昨夏は、高温にくわえて雨が降らず、水遣りの井戸が涸れ、植物も枯死するものが多かったそうだ。そこで今年は、新たな井戸を掘るなど対策を講じる予定だという。

品種名「宣陽門」の牡丹。

古くは薬用として牡丹を栽培

それにしても、なぜ牡丹なのか? これまで奈良、京都の多くのお寺を訪ねたが、桜、つつじ、あじさいはよく見かけても、牡丹は滅多にない。

染井さんは、次のように答えた。

「この寺は、古代においては薬用の牡丹を栽培していました。観賞用に改良される前の薬種牡丹ですね。その根の皮を削いで抗炎症薬として利用しました。

ちなみに言い伝えでは、遣唐使の一員として中国へ渡った弘法大師が、経典と一緒に薬種牡丹を持ち帰ったそうです。それが、日本での牡丹の始まりだと言われますね。

このように、お寺と薬はわりと縁があり、薬草園を兼ねていたところもありました。各地のお寺が花を大事にしているのは、そうした歴史的経緯があったからとも言えますね。ここは、扱っていた薬草がたまたま牡丹であったことが大きいでしょう」

品種名「談天門」の牡丹。

咲いて散るまでの一瞬のために丹精を尽くす

染井さんと花談義をしているうちに、ふと「拈華微笑(ねんげみしょう)」の故事が思い浮かんだ。釈迦が、黙って手に持った一輪の花を拈(ひね)ったところ、弟子たちはその意味を測りかねたが、十大弟子の一人、迦葉(かしょう)だけが理解してほほえんだというエピソードだ。

染井さんは、それを受けて話し始める。

「拈華微笑は、言葉を超えて心が伝わる以心伝心を表したものです。その反対は疑心暗鬼ですな。

今の世の中、人同士の心が通じない疑心暗鬼の世界です。仏教の哲学では、この世は縦糸と横糸が織りなす因縁生起、これあれば彼あり、彼起ればこれ生ずの原理で成り立っています。つまり、物事はすべてつながって今に至っている。つながりのないものが、いきなり自分の目の前に出てくることはないのです。縦糸の時間軸に、横糸となる空間や人とのつながりが加わって、目に見える現象となるわけです。

縦糸だけ、横糸だけだったら不完全です。自分、親、ご先祖は縦糸でつながっています。そして、縁あって周囲にいる人は横糸です。だけど、それを否定して、親子の縁を薄くし、墓じまいまでしてしまっては縦糸が切れてしまいます。横糸の人間関係も、関わりをなくしてしまうと、自分という者は、根なし草みたいになってしまいます。調子の良い時は、それもいいかもしれませんが、一旦落ち込んでしまうと、もう這い上がることはできません。

現代は、多くの人が縦糸と横糸がズタズタになってしまい、仏教の教えから程遠い人たちの集まりになってきつつあるのです。だから今、世界ではいろいろなことが起こっていますよね……」

染井さんは、この寺で大輪の花を咲かせる牡丹も、縦糸と横糸の現れだと言う。今こうして咲いてもらうために、長い期間をかけて世話をする必要がある。これをないがしろにして、春の土壇場になって肥料を投入したところで大概は枯れる。甲斐あって美しく咲いても、それは一瞬のことに過ぎないが、それもまた一期一会。また、来年の春に咲いてもらうため、今日も染井さんは世話に余念がない。

品種名「長寿楽」の牡丹。

慈雲山 石光寺

所在地:奈良県葛城市染野387
拝観時間(春期):7時30分〜17時
拝観料:大人400円、小学生200円
駐車場:無料(寺門前7台、第2駐車場30台)
アクセス:近鉄南大阪線二上神社口駅から徒歩約15分、南阪奈道路葛城ICから車で約10分
電話:0745-48-2031
公式サイト:https://sekkouji.or.jp

写真・文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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