
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』でお市(演・宮崎あおい)による「小豆袋」の回が放送されました。挿入されていないと物足りなさを感じてしまう、まるで水戸黄門の印篭のようなエピソードです。
編集者A(以下A):小豆袋編part1(https://serai.jp/hobby/1263484)では、1973年の『国盗り物語』から1996年の『秀吉』までの6作品での「浅井家離反」の回について検証しました。小豆袋編part2では、2002年の『利家とまつ~加賀百万石物語』(以下『利家とまつ』)から2023年の『どうする家康』までの5作品を振り返りたいと思います。
2002年の『利家とまつ〜加賀百万石物語』
I:『利家とまつ』で、浅井長政(演・葛山信吾)の裏切りを信長に報せたのは、前田利家(演・唐沢寿明)の弟で、当時小谷の浅井家に仕官していた佐脇良之(演・竹野内豊)という設定でした。「兄上のためならばどのようなことでもいたしましょう」と信長に心酔していた浅井長政です。お市の方は、朝ドラ『あぐり』で主演を務めた田中美里さん、信長は反町隆史さん、秀吉は香川照之さんが演じました。
A:『利家とまつ』では、小豆袋のエピソードの前に、浅井家による「信長暗殺未遂」があったことが描かれました。小谷城に立ち寄った信長に対して、浅井家中の遠藤直経(演・温水洋一)が、供回りの少ない信長を殺してしまおうと浅井長政に進言するという流れです。長政は「それは長政の戦ではない!」としつつ、評定の場でお市に問います。お市は「あなたのお心のままになさいませ」と答えるのです。『太閤記』や『浅井三代記』などの書物には遠藤直経がかかわった「信長暗殺未遂」が二度ほどあったと伝えられていますが、本作の「暗殺未遂」は両事件を集約してひとつにまとめたような場面でした。
I:なるほど。端から浅井家の中には不穏な空気があったという設定ですね。それを救ったのが前田利家の弟で、お市の方について小谷城で側近として務めていた佐脇良之だったというわけです。
A:主人公、あるいはそれに準じる人が重要事項にかかわってくるという「法則」ということでしょう。お市の陣中見舞いの「小豆の袋」を信長に届けに来たのも良之です。両端をひもでくくった袋を見て、物語の主人公のひとり前田利家が「袋のねずみという意味かと存じます」というや、秀吉が引き取って「浅井長政、謀反!」といきり立ちます。利家と秀吉の声に促されて信長は、兵を引くのです。
2006年の『功名が辻』
I:『功名が辻』は、主人公が後に高知藩の祖となる山内一豊(演・上川隆也)の妻千代(演・仲間由紀恵)です。織田信長を舘ひろしさん、秀吉を柄本明さん、浅井長政を榎木孝明さん、浅井久政を山本圭さん、お市を大地真央さん、という布陣でした。榎木さんは、2020年の『麒麟がくる』では朝倉義景の側近山崎吉家役を演じ、『豊臣兄弟!』では浅井長政の父浅井久政を演じています。つまり榎木さんは、信長による浅井・朝倉攻めの裏の裏まで知り尽くしているというわけです。
A:『功名が辻』の浅井長政は、「こたび、朝倉への援軍は出さん」と声高に宣言します。ところが、父の久政が「朝倉は攻めぬという誓書を交わしながら」その約束を反故にされたことに激怒。長政が、「兄を討つは道義に反します」と主張しても久政は「朝倉との信義は裏切ってもよいのか」と反駁し、長政と久政は激しく対立します。久政は織田を倒せば、尾張と美濃が手に入ると力説し、家臣らも久政の意見に同調します。やがて長政も「確かに朝倉に加勢して、わが浅井が南の退路を断てば、織田勢は袋のねずみ」と本作でも「袋のねずみ」のフレーズが登場します。
I:本作は、主人公の山内一豊の活躍場面が随所に登場します。一豊は、前哨戦の手筒山の戦いで顔面に矢傷を受けて、重傷を負います。秀吉とともに信長の面前で報告している最中に浅井長政が信長を油断させるために届けた「陣中見舞い」の品々とは別に、お市の方からの小豆袋が届くのです。それを見た信長は瞬時に長政の裏切りを悟ります。
A:信長は、浅井に背後から攻められたら「われらは袋のねずみ」「市は小豆坂の合戦にたとえてそれをわしに告げておるわ」と即座に兵を引く判断をします。他作品と異なるのは、小豆袋の小豆から、かつて織田家が美濃の斎藤軍と戦い、苦戦した「小豆坂の戦い」を連想したことです。実は、本作の小豆袋の場面には「裏話」が伝えられています。
I:裏話? 『功名が辻』の原作小説には小豆袋の場面がないということですか?
A:あ、はい。それもあるのですが、別の話になります。『功名が辻』の時代考証を担当した小和田哲男先生の著書『歴史ドラマと時代考証』(中経文庫/2010年刊)に書かれているエピソードです。該当箇所を引用します。「私自身は、この小豆の袋のエピソードが当時のたしかな史料には出てこないので、後世の創作ではないかと考えていた。そのため、〈このシーンはなしにしたい〉と言ったが。演出担当者から〈ぜひやりたい〉との返事で、少し形を変えて撮ってもらうことにした」というのです。
I:それが、小豆から小豆坂の戦いを連想させる台詞なんですね。
A:そのようです。小和田先生の著書には「もっとも、同じ歴史を研究している仲間からは、〈それも無理がある〉と不評だった」という後日譚まで記録されています。
I:あれま。
2011年の『江 姫たちの戦国』
I:2011年の『江 姫たちの戦国』は大河ドラマ50作目という記念すべき節目の年を飾った作品です。この作品では、第1回でお市の方(演・鈴木保奈美)が織田から浅井に嫁ぎ、出産を経て、「小豆袋」のエピソードへと一気呵成に描かれました。浅井長政を演じたのは時任三郎さん。織田信長を演じたのは豊川悦司さんです。特筆すべきは、浅井長政の父久政を『信長 KING OF ZIPANGU』と同じ寺田農さんが務めていたことです。
A:寺田農さんの浅井久政は、同一人物が演じているとは思えぬほどに「キャラ変」していたのが印象的でした(笑)。さて、お市は「兄上のために浅井に嫁ぐ」との決意を抱いて浅井家に嫁ぎます。長政は初対面のお市に「武将の目をしている」と評します。小谷城での初対面の場面はロケでの収録で、なんだかんだいってロケの映像はいい! という仕上がりになっています。
I:長政とお市の婚姻には、秀吉(演・岸谷五朗)、柴田勝家(演・大地康雄)などが同行していましたね。問題の「小豆袋」のシーンですが、まずは、朝倉義景(演・中山仁)が小谷城にやってきて、ともに信長を討つことを訴えます。浅井久政は「朝倉は古くから大恩あるお家」ということを強調します。それに対して浅井長政は「承服しかねます」と抵抗します。
A:長政は抵抗したのですが、結局浅井家は朝倉義景に味方することになります。長政はお市に 「朝倉家と縁が深い」「市、そなたならどうする?」「わしは朝倉殿の恩に報いようと思う」「遠慮せずに兄上に伝えるといい」と矢継ぎ早に伝えます。お市の答えは、「私の望みはあなた様の妻として生きることでございます」でした。とはいえ、気を利かせた侍女のひとりが、「織田の兄上様にお知らせしなければ」と「小豆袋」を用意します。それを見たお市は、「ねずみ、袋のねずみ」とつぶやきます。侍女は「浅井と朝倉に囲まれれば、袋のねずみ同然ということにございましょう」と「小豆袋」を信長に届けるように進言します。ところが、その小豆袋をお市は投げつけてしまうのです。本作の時代考証は『功名が辻』の際に小豆袋の場面を外すように進言した小和田哲男先生です。あるいは『功名が辻』同様のやり取りがあったのかもしれません。
I:結果的に「小豆袋」は登場したものの、信長には届けられないという斬新な設定になったんですね。
2020年の『麒麟がくる』~主人公の信長説得2~
I:2020年の『麒麟がくる』では信長を染谷将太さん。浅井長政は金井浩人さん、お市の方は第15回「全日本国民的美少女コンテスト」グランプリの井本彩花さんという布陣でした。浅井家の離反を織田軍にもたらしたのは、主人公の明智光秀(演・長谷川博己)配下の明智左馬助(演・間宮祥太朗)という設定でした。
A:『麒麟がくる』では若狭の国吉城(福井県美浜町)で信長が軍議を開いた場面が登場しました。これは他作品にない重要なポイントになります。当欄の連載は『麒麟がくる』から始まっていますので、当時の当欄のやり取りを引用してみます。「この城」というのが国吉城のことですね。
A:信長(演・染谷将太)はこの城に3日間逗留し、金ヶ崎、手筒山両城を攻めてあっという間に落としたそうです。一気に一乗谷に攻め込もうというときに、妹婿である浅井長政(演・金井浩人)の裏切りを知ることになります。これまでの大河ドラマなどでは、信長妹のお市(演・井本彩花)が小豆袋を送って長政離反を伝えるという場面が多かったですが、今回はそのエピソードは採用されませんでした。もともと史実ではないエピソードですから、それは是としたいと思います。
(三英傑+明智光秀、松永久秀が一堂に会した「金ヶ崎の退き口」。コロナ禍撮影の無念と、一瞬だけ登場した17歳の国民的美少女【麒麟がくる 満喫リポート】 https://serai.jp/hobby/1010383)
I:『麒麟がくる』では、浅井家のやり取りよりも朝倉家のやり取りに尺をとりました。朝倉義景を演じたのはユースケ・サンタマリアさんでした。義景家臣の山崎吉家を榎木孝明さんが演じました。
A:榎木さんは、2006年の『功名が辻』では、浅井長政を演じました。『豊臣兄弟!』では浅井久政を演じています。さて、光秀から浅井長政離反の報を聞いた信長は、信じようとしませんでした。光秀が撤退を進言しても、帝から勅命を受けていることを理由に承諾せずに、光秀を足蹴にするほどでした。それでも光秀は、「天下静謐のために、織田信長は死んではならないのです!」と絶叫しながら平伏して、信長を説き伏せます。
I:1983年の『徳川家康』以来、二度目の主人公による説得になるんですね。冷静に信長に進言した『徳川家康』での描写と比較しても、本作の光秀の熱い説得は視聴者の胸を打つ場面になりました。加えて、裏切りを知った時の信長が慟哭する場面は、従来の信長像とは異なる描写で、「実像に近いのでは?」と高く評価されましたよね。
A:ちなみに本作の時代考証も小和田哲男先生です。「小豆袋」の登場がなかったのは、念願かなって、ということだったのでしょうか。
I:さきほど若狭の国吉城に信長が在陣していたことを「重要なポイント」といっていましたが、どういうことでしょうか。
A:国吉城の「国吉城歴史資料館」の前田館長の受け売りですが(https://serai.jp/hobby/1124220)、越前に攻める前哨基地が国吉城でした。ここは、金ケ崎から10kmほどしか離れていません。つまり、織田軍は、とりあえず国吉城まで逃げ込めばよかったということなのです。
2023年の『どうする家康』
I:3年前の大河ドラマ『どうする家康』では、「浅井離反」に関して、お市の方(演・北川景子)からの情報が兄の信長にではなく、幼馴染という設定だった徳川家康(演・松本潤)に届けられたことです。
A:しかも、小豆袋を届けるのではなく、「阿月」という名の健脚の侍女が情報を持って約40kmの道のりを踏破して家康に情報を届けるという設定でした。3年前に当欄では下記のようなやり取りをしていました。引用します。
I:お市の方が兄の信長に危急を知らせようとしたというのが定番なんですが、本作では、お市の方はわざわざ家康に知らせようとするんですよね。小豆袋に入れるところまでは定型通りですが、それがバレてしまって、引き裂かれた袋からあずきが飛び散りました。そこで侍女の阿月(演・伊東蒼)が文字通り転がるように走っていくという設定でした。
A:有名なんだけれども、どうも史実ではなさそうだというエピソードの扱いとしては絶妙なものになりましたね。侍女阿月が小谷から敦賀まで、ざっくり40キロ=ほぼフルマラソンの距離を走破して危急を伝えたという設定は面白かったです。 実際にはこちらの方がリアルな気もしますし。このエピソードのために阿月の幼いころのエピソードやお市の方の侍女になるまでの経緯が尺をとって描かれたことには賛否があるでしょうが、「面白ければよし」ではないでしょうか。
(阿月が小豆を袋に詰めて、バレて、走った感動の40キロ走。えびすくい、かにすくいとシーズン外の越前ガニの衝撃【どうする家康 満喫リポート】14 https://serai.jp/hobby/1124230)
I:さて、『豊臣兄弟!』第14回では小豆袋が登場して、主人公の小一郎(演・仲野太賀)が信長を説得しにかかるというスタイルは『徳川家康』『麒麟がくる』を踏襲する形になりました。
A:『豊臣兄弟!』第14回については、「満喫リポート」本編で詳述したいと思います。
※宮崎あおいの「崎」は正しくは「たつさき」。
●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











